世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1863
世界経済評論IMPACT No.1863

開城工業団地の現在

上澤宏之

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2020.09.07

 北朝鮮・開城(ケソン)工業団地内にある南北共同連絡事務所が6月16日,北朝鮮によって爆破された。同事務所が木端微塵になったシーンを映像で見た方も多いであろう。この南北共同連絡事務所は,韓国と北朝鮮が2018年4月に交わした「板門店宣言」に基づき,同年9月に開城工業団地内に設立された。南北当局者が常駐し,諸懸案について連絡・協議を行う場として用いられてきたが,新型コロナウイルスの影響により今年1月に南北双方が人員を撤収していた。

 本稿では事務所爆破で注目を集めた開城工業団地が現在,どのようになっているのか簡単に触れてみたいと思う。

 もとは1998年に韓国・現代グループ系の「現代峨山」が北朝鮮の「民族経済協力連合会」と共同開発することで合意したことに始まる。現在,約100万坪の面積を有する同団地は,南北軍事境界線に近い北朝鮮・開城市に位置し,ソウルから約70km,平壌から約160km,韓国・仁川国際空港から約50kmの地点にあり,朝鮮半島の中央にあることから南北間の物流・人的交流において利便性が高いとされる。2003年6月に工業団地内の建物建設が始まり,2004年12月には入居企業が初めて製品(ステンレス製厨房用品)を出荷した。その後,団地の規模は年々拡大を続け,生産額は2005年1,491万ドル,2006年7,374万ドル,2007年1億8,478万ドル,2008年2億5,142万ドル,2009年2億5,647万ドルに上った。2010年9月時点で繊維・縫製,衣料,鞄,靴などを中心に韓国の中小企業121社が生産を行い,韓国人労働者約800人,北朝鮮労働者約4万4千人が従事していた。

 2010年3月10日に起こった北朝鮮による韓国軍哨戒艦撃沈を受け,韓国政府は同年5月24日,北朝鮮への対抗措置として開城工業団地以外の南北経済交流の停止などを含む「5.24措置」を発表してからは,同団地の交易が南北経済交流の中心的存在となった。しかし,2016年2月7日に実施された北朝鮮による弾道ミサイル発射実験への対抗措置として,韓国政府は同年2月10日に同団地の操業停止と韓国人労働者の引き揚げを決定した。即座に北朝鮮側も対抗措置として同団地からの韓国人労働者の追放と資産凍結を発表した。工業団地閉鎖の前年2015年には韓国企業125社が入居,生産額が5億6,330万ドル,北朝鮮労働者5万4,988人,韓国人労働者820人を記録するまで規模が拡大していたが,南北融和の象徴とされてきた経済交流が完全に途絶えた状態が続いている。

 韓国の文在寅大統領は政権公約として南北融和を掲げ,「事実上の統一」である南北経済共同体の構築に向けて「朝鮮半島新経済地図」などの構想を通じて,開城工業団地の再開を含む対北アプローチを試みている。しかし,国連安保理による対北朝鮮経済制裁が続く中,同団地の再開は物理的に難しいとみられており,再開の目途は立っていない。

 「南北融和の象徴」や「統一への礎」が提唱され,「政経分離」を原則として発足した開城工業団地であるが,南北双方の政治に巻き込まれ,政治の道具と化した現実は,改めて南北関係の厳しさを印象づけている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1863.html)

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