世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界の石油・ガス国際企業の戦略転換の意味
(東京国際大学 名誉教授)
2025.08.25
世界の大手石油・ガス企業の戦略転換
パリ協定が2016年に発効し,締約国はそれぞれ温室効果ガスの排出削減目標を「国が決定する貢献」(NDC)として公表することになっている。2050年のカーボンニュートラル(以下CN)も各国において目指すことが求められており,達成年と達成内容は異なる国があるものの,すでに125カ国が目標を設定して努力するとしている。
しかし,近年において,このCNの実現可能性が薄れていると判断する大手エネルギー企業が出現している。世界には現在,5大石油企業が存在しているが,これら企業が相次いで,石油とガスの生産増に向けた動きを見せている。これら企業は,米国本社のエクソンモービルとシェブロン,それに英国本社のシェルとBP,それからフランス本社のトタールである。
これら企業の動向を見ると,BP,シェルなど太陽光,風力等の再生可能エネルギーに進出してみたものの,世界の中で大きなシェアを取るようなビジネスとすることはできず,また採算も良くないことから,再度,ガスの生産を中心とし,石油とガスの開発生産へ回帰する動きが生じている。
BPは2025年2月にReset BPという宣言を行い,石油・天然ガスの生産量の削減から増産へと大きく舵を切ることとなった。エクソンモービルや,シェルと比べても利益額が少なく,株価が低迷したままの状態にあり,一時期,シェルがBPを買収するのではとのニュースも流れた中での方針転換であった。なお同社は2025年8月にブラジルのリオデジャネイロ沖で大規模な油ガス田を発見したと発表しており,会社の方針転換が功を奏したと言える。
シェル社も,英国とオランダの2本社体制から,本社は英国のみの体制に組織替えしている。同社は世界最大のLNG販売会社であり,しかも天然ガスに対する世界の需要は以前にも増して増大傾向にあることから,世界各地でのLNG向け投資に注力していく方針を発表している。一方,風力や水素,CCS(炭素の地下貯留)などに向けた投資は抑制する方針を出している。2025年にはエネルギーセキュリティシナリオを発表して,AI導入の効果を特に技術進歩との関係から分析している。
エクソンモービル社は,本社が米国テキサス州にあり,同社が2024年8月に出した世界予測(Global Outlook)を見ると,世界の2050年のエネルギー消費量の総計は,国際エネルギー機関(IEA)が出した現状維持シナリオ(STEPS)よりは若干下回り,2度Cシナリオよりは多くなると見積って自社シナリオを発表している。つまり1.5度Cシナリオは達成不可能と見ているのである。石油と天然ガスの合計の世界のエネルギー消費合計に占める比率は,STEPSでは45%,2度Cシナリオでは38%となるのに比べ,エクソンモービルでは54%と予測している。同社は既発見の油田・ガス田の生産量維持と増進回収に努めるとともに,新規発見も行っていくと表明している。すでに南米のガイアナでは油ガス田を発見していて,将来的には同油ガス田は日量170万バレルの生産を見込んでいる。
なお,同社は,バイデン政権下で取り組んだ再生可能エネルギー,CCS(炭素地下貯留)等で,すでに成果を出しており,今後も着実に取り組んでいくと表明しており,米国政府が要請するのであれば,2050年でのCNにも対応できると表明している。
日本に求められる対応
以上の国際石油メジャーズの戦略転換の経緯を見ると,自社で念入りに検討した結果を尊重しつつ経営陣が安全保障面やコストなどを総合的に考えて投資戦略を立て,発表している。
世界全体の需要予測を慎重に作成し,さらに自社の持つ資源と将来の投資計画でどこに力を入れるべきかを判断していくことがいかに重要かがわかる。
石油・ガス田を幸運にも探査活動により発見できたとしても,その開発と生産設備の設置までに5年,10年とかかる大型プロジェクトを,自社の考え方を詳しく説明しながら,投資家の理解を得つつ資金を集めていくというオープンな体制を担っている点は高く評価できる。
一方,日本の現状を見ると,日本企業は日本政府の方針に大きく影響されて経営判断をしており,政府と異なった逆張りの投資計画を民間企業が実施することは難しい。
かつて2009年に成立した民主党の鳩山政権は1990年比で2020年に25%の温室効果ガス排出量の削減を表明したが,こうした無謀な目標の提示に,日本の行政と民間企業は従わざるを得ないのが日本のエネルギー政策であり,その状況は今も続いている。
エクソンモービル社は,国際機関のIEAがいかなる予測を出そうとも,自社としての予測を行って計画を立て,エネルギー供給という自社の役割に最後まで責任を負うという信念を示している。国際的な役割を果たす大手企業は,世界全体を見て仕事をする必要があるのは当然であると言え,参考にしたいと考える。
- 筆 者 :武石礼司
- 分 野 :国際経済
- 分 野 :国際政治
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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