世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2958
世界経済評論IMPACT No.2958

経済制裁下の「自力更生」:「社会主義愛国運動」と「大衆運動」に注力する北朝鮮

上澤宏之

(国際貿易投資研究所 客員研究員・亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2023.05.22

 今年1月1日付け朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は,党中央委員会第8期第6回全員会議(2022年12月26~31日)の結果として,「国家経済発展5か年計画(2021~25年)の3年目を迎えた今年,偉大なる転換の年,変革の年にするための方向と方途が鮮明にされた」と明らかにした。その上で,「国家復興発展の強力な推進力である社会主義愛国運動,革命的な大衆運動を活発に繰り広げよう」と呼び掛けた。言い換えれば,制裁克服に向けた妙策がない中,苦肉の策として旧来型の大衆運動方式に基づく生産高揚キャンペーンに再び打って出たのである。

 北朝鮮の国営メディアは最近に入り,かつての「建国思想総動員運動」や「増産競争運動」,「愛国米献納運動」,「戦線援護米献納運動」,「千里馬運動」などの「愛国運動」や「大衆運動」が「我が人民の愛国心と革命的熱意を余すところなく噴出させた活力素となった」として,各組織が党の第6回全員会議の決定に呼応すべく生産目標達成に向けた取組を強化した旨伝えている。

 例を挙げると,咸鏡南道女性同盟委員会では,「遊休資材収集運動」を通じて「くず鉄収集支援が鋼鉄増産に繋がるという一念のもと,約600トンのくず鉄を確保し,咸興鋼鉄工場を始めとした道内の金属工業部門の工場に送った」ほか,開城市山林管理局などの初級青年同盟組織では,農村支援に向けた「大衆運動」の一環として,「内部予備の探求動員を通じて,多くの営農資材を数百トンの肥料とともに農村に送った」と報じている(以上,1月25日付け『労働新聞』)。また,「前世代の闘争伝統を受け継ぎ,もう一度,社会主義愛国炭増産運動の炎を燃え上がらせた慈江道供給炭鉱」や同運動を模範として増産運動を展開している价川地区炭鉱連合企業所(平安南道价川市)の取組なども紹介している(5月8日付け『労働新聞』)。

 さらに,生産高揚に向けた注目動向として,「総和評価事業」の見直しが挙げられる。これは従来,「平均主義的な評価に偏りがち」であった人事考課について,生産目標の達成度,寄与度などの客観的な数値資料に基づいて判断しようというものである。たとえば,三大革命赤旗温泉果樹農場(黄海南道クァイル郡)の初級党委員会では,個人表彰部門の「三大革命赤旗獲得運動栄誉登録章」に登録(表彰)する従業員をめぐって,以前は各作業班から推薦した従業員を自動的に登録していた慣行を改め,公正かつ科学的な評価,すなわち客観化,数値化された人事評価資料に基づき,推薦した従業員の中から更に優秀な人物を選抜する方法に切り替えたところ,従業員はもちろんのこと,初級党委員会の活動家らの仕事ぶりも目覚ましく改善されたという。つまり,「選抜された従業員に対する評価が最終的に作業班に対する評価,初級活動家に対する評価」に繋がることから,初級党活動家のやる気を起こさせたのである。

 このほかにも「競争の多様化,多角化」についても増産や生産性向上に向けた取組例として紹介している。これは「社会主義競争」(生産意欲高揚運動)の成果を引き上げるため,これまでの競争方法を「斬新」かつ「革新」的に変えるもので,たとえば,同初級党委員会では既存の作業班を2つの組に分け,生産目標などを問う問答式学習競演やバレーボール競技,のど自慢などを企画して競わせたところ,「作業班の戦闘力が強化され,『2重3大革命赤旗』称号を獲得する成果をもたらした」という。また,農場内の各所に「アイデア投稿箱」を設置し,誰もが「技術革新コンテスト」に参加できるようにしたところ,「従業員の競争熱が高まり,何度も全国果樹部門科学技術発表会で優勝した」として,「多角的な競争,多様な競争がもたらした結果」と評価している(以上,4月8日付け『労働新聞』)。

 北朝鮮は2021年1月に開催した第8回党大会で新たに「社会主義の全面的発展,全面的復興」を成し遂げると明らかにした。これは「すべての部門,すべての分野,あらゆる地域の同時的かつ均衡的な発展」を目指すもので,社会の平等や公平性,均衡を強調した北朝鮮の新しい自力更生モデルの提唱と受け止められる。背景には,制裁やコロナ禍などにより海外の資源や資本,技術などに依存する外発的な発展の継続が困難になったことを受け,地域・産業部門の均等発展や内需拡大など,社会の安定を通じて体制の持続的,長期的な存続を図る必要に迫われたものといえる。

 北朝鮮は折しも今年,「祖国解放戦争(朝鮮戦争)勝利70周年」(7月27日)と「共和国創建75周年」(9月9日)という歴史的な節目の年を迎えている。制裁が長期化,深化,固定化する中,北朝鮮は今後,どのような体制の生存戦略を企図していくのであろうか。その一挙手一投足からは目が離せない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2958.html)

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