世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
カンボジアとタイの国境紛争と地雷:再軍事衝突の危機
(元亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2025.08.25
国境紛争に関する現時点での最大の争点は地雷の使用である。国境問題悪化の原因となった銃撃戦が発生したカンボジアのプレアヴィヒア州のモム・ベイ(タイのウボンラーチャターニー県チョンボク)で,7月16日午後1時半頃,パトロール中のタイ兵士3人が対人地雷に触れ,うち1人が左足首を失う重傷を負った。タイ軍によれば,その地域には地雷がないことが確認されていたが,最近埋設された可能性のあるロシア開発のPMN2対人地雷8個を爆発物処理班発見し処理した。7月18日,カンボジア地雷・不発弾対策局(Cambodian Mine Action and Victim Assistance Authority, CMAA)は声明を発表,カンボジアが新たな地雷を埋設したとするネーションやバンコク・ポストなどタイのメディアの報道を否定した。また,声明では,「カンボジアは地雷による甚大な被害を経験してきた国であり,地雷の使用・製造・保管に断固反対する」としたうえで,「場所や国籍に関わらず,地雷によるあらゆる犠牲に対し哀悼を表明する」と述べている。一方,7月20日,タイ外務省は,声明で,「地雷はタイ軍が使用・保管したものではなく,最近埋設されたものだ」と述べた。また「このような行為はタイの主権と領土保全及び対人地雷禁止条約に対する明白な侵害である」と述べた。一方で,同声明では,埋設がカンボジアによるものとは断定せず,既存の二国間メカニズムを通じて,カンボジアとの相違を解決し続ける方針を示し,タイはカンボジアに対し,人道的目的による地雷除去への協力を求めると述べている(Ministry of Foreign Affairs, Kingdom of Thailand, Statement on the Protest Against the Use of Anti-Personnel Mines, 20 July 2025.)。
一方で,カンボジア国防省は,20日,タイ軍が,現状維持を規定するMOU43(カンボジアとタイの国境に関する覚書,43は仏教暦2543年の意味)に違反し,新たなパトロール・ルートを創出し,許可なくカンボジア領に入り,内戦時代の地雷が大量にある地域で爆発が起きたと述べている。また,21日,カンボジア外務・国際協力省は,20日のタイ外務省の声明を批判,問題の事故はカンボジア領で起きたと指摘している。一方,21日,タイ外務省は,地雷は作動可能なきれいな状態で,周囲の植物も育っていなかったため,カンボジアが最近地雷を埋設したとして強く非難した。このように,両国とも当初の抑制的態度から非難の応酬へと転じている(Office of the Council of Ministers, Defence Ministry Explains Landmine Explosion by Thai Soldiers’ Deviation of Patrol Route , 20 July, 2025.)。
7月20日,タイ軍は,16日に地雷が発見された場所から20~30mの地点で,新たに埋設されたPMN2地雷2個を発見,撤去作業を行ったところ,クラスター爆弾約100個も見つけた。タイ軍は,カンボジア軍が侵入し,撒いていったと述べている。また,タイ陸軍は,22日,駐タイの47か国の武官を招待,実際の参加20か国に16日の地雷事故について説明した。
7月23日午後4時55分頃,上記エリアから直線で西に20kmのウボンラーチャターニー県チョンアーンマーで,タイ兵士が地雷に触れ重傷負う事件が発生した。2度の地雷事故に関し,カンボジアは地雷埋設を否定し,タイ兵士は以前合意したパトロールのルートをはずれ,カンボジア領に侵入,1980~1990年代の同国の長い内戦中に埋設された地雷に遭遇したと主張した。
7月28日の停戦合意発効の当日にも地雷事故が起きたことはあまり知られていない。場所はタ・クワイ寺院(カンボジアでは「タ・クラベイ寺院」と呼ぶ)の近郊である。タイによれば,軍事衝突終了の時点で,同寺院はカンボジアが占領し,タイは周辺を取り囲んだものの,同寺院を制圧できなかった。この際,カンボジアはPMN2対人地雷を周辺に埋め,タイ軍兵士1人は,28日,これを踏み,被害にあったとタイ軍は主張している。
8月7日の一般国境委員会(GBC)で13項目合意を得た翌々日の8月9日と続く12日にも地雷によりタイ軍兵士が重傷を負う事件が発生している(本コラムNo.3958にて既述)。
これらの地雷事故をうけ,タイは5度の事故はすべてPMN2によるものでカンボジアが地雷を埋設したと断定,7日のGBC会合でもタイの地雷除去提案をカンボジアが受け入れなかったことを明らかにした。
一方,カンボジアは,引き続き,国際社会の関与を求めている。8月12日,同国はタイの停戦違反により崩壊するリスクの高まりを国連の安全保障理事会と総長報告した。その中で,カンボジアは,タイに対して,武力紛争再開の脅威である侵入を繰り返し,寺院などに有刺鉄線を張り巡らせていると非難,部隊を法的に認識された境界に撤退させるよう要求した。また,カンボジアは,このような行為は,10日に,タ・クワイ寺院を取り戻し,タ・モアン・トム寺院を閉鎖する意思を宣言したブンシン・パドクラン・タイ第2軍管区司令官の言葉により強まったと述べている。
このような厳しい状況下の8月14日,中国の王毅外相は,中国雲南省安寧市で開催された第10回瀾滄江・メコン川協力外相会議の合間に,カンボジアのプラック・ソコン副首相兼外務国際協力大臣とタイのマーリット外相と個別に会談した。王毅外相は両国が相互信頼を回復し,友好を回復することを望むとしており,国境紛争解決に向け,中国が必要な支援を提供すると述べた。また,同日,カンボジアとタイ両国外相を招いて茶話会を開催し,カンボジア・タイ国境紛争について意見交換を行った。王外相は,カンボジア・タイ間の国境再開を促し,国境地域の地雷除去を支援すると述べた。
16日,タイとカンボジアの臨時地域国境委員会(RBC)がタイで開催された。両国は,問題を平和的に解決し,紛争を回避するため,あらゆるレベルでの情報交換を強化するための調整グループ(CG)を設置することで原則合意した。詳細は次回のRBC会合で議論される。カンボジアは,地雷除去に関し,停戦の完全実施や国境の正常な状態への復帰が前提であると留意したうえで,人道的な地雷除去を前進させることが重要だと強調した。国境画定は現在進行中なので,画定済だったり,係争中でなかったりする地域で地雷除去は検討されるべきだとカンボジアは述べた。この問題は次回の一般国境委員会(GBC)で検討される。また,カンボジアはオンライン詐欺を重大な問題だと強調した。カンボジアとタイは,この分野で,既に協力してきており,次回のGBCで,さらに,検討する。一方,カンボジアは,タイが行っている有刺鉄線の設置,民間インフラ,特に,民家の破壊,偽情報の拡散など緊張を高める行動を避ける重要性を強調した。
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