世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3967
世界経済評論IMPACT No.3967

男性の“見た目”が女性化する現象:人類の「自己家畜化」とは?

宮本文幸

(桜美林大学 教授)

2025.08.25

 男性の“見た目”の急速な女性化が,様々な観点から報告されている。

 化粧は,いまや女性だけのものではなくなった。男性化粧品市場は5年前の1.8倍に急成長している。マスク生活による肌荒れ,オンライン会議で顔を晒す機会の増加,そしてSNSでの発信文化などが重なったためと報じられた(2025年8月14日・Nスタ解説)。

 「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」上位者の顔はこの30年で「穏やか」な印象の指標が79%も上昇,「女性的」「ひ弱」イメージも大幅に上昇している(高橋・染川 2023)。そして驚くべきことに,これらの特徴こそが,女性にとって恋人や結婚相手として魅力的に映る要因だと報告されている。

 漫画の世界も同様だ。少年ジャンプや女性の人気漫画を対象にした研究(エン 2024)では,50年にわたる主人公像の変化から,従来は女性キャラクターだけに与えられていた“見た目”の「萌え要素」が,男性キャラクターにも浸透している。華奢で,美しく,どこか儚い“見た目”を持つ男性が,主人公として増えているのである。

 かつてのジェンダー研究では,広告やマスメディアによる「見る男性・見られる女性」という構図が主題として議論されてきた。だが90年代以降,「見られる男性」が次々に報告されるようになった。広告,ドラマ,アイドル産業…すべてが「男性の“見た目”」を商品化し始めている。そして社会心理学の研究も示すように,男性ホルモンの影響が強い「ゴツい顔立ち」よりも,中性的で柔らかい“見た目”が魅力的と評価される傾向が定着している。

 しかし,この変化は単なる価値観や嗜好といった文化・社会現象にとどまらない。より根深く,人類史をゆるがすような現象として私たちの前に現れているのだ。

生物的・形態学的変化:“見た目”が示すのは進化?退化?

 興味深いのは,この“見た目”の変化が地球規模で,生物としての男性をも急速に女性化しているという事実だ。

 たとえば縄文人から現代人への頭蓋骨構造の変化では「顎の縮小」が顕著に進んでいる(原島・馬塲 1996)。他にも,小顔化や色白化,体毛の減少,声の高音化など,様々な報告がある。

 さらに精子量の世界的な減少傾向が顕著だ(Levine et al 2017他)。1973年~2011年までの研究では,西洋諸国の男性の精子数が約50~60%減少したという報告がある。さらに最新の分析では,過去45年間に精子数が約51.6%減少,年率では約1.1%の低下という深刻な数字も示されている。そして2000年以降,低下のスピードがむしろ加速し,年率2%以上という報告すら存在する。

 こうした生理的変化は,“見た目”の変化と表裏一体であり,社会が望む“見た目”と,生物として変化する方向性が重なりあっていることを示唆している。

人類の自己家畜化:男性の女性化は何を意味するのか?

 これらの変化は,人類進化の視点にまで及んでいる。その鍵となるのが「自己家畜化」という現象だ。牛や豚などが家畜化されると形態・性質・遺伝子までもが改変される。全体に丸みを帯びた体型になり凹凸や頭部,歯も小さくなって闘争本能は抑えられる。オスメスの性的二型の差は小さくなって幼形成熟(ネオテニー)が起き,発情期が頻繁になるなどの変化も起きるとされる。人類は1万年前に狩猟採集から農業革命が起きて生活の集団化が進み,協調性を求められヒトの「自己家畜化」が進んだ。これにより男性の頭蓋,歯,顎も小さくなり,顔の凹凸も少なくなっていったといえる。そして攻撃性が弱くなった個体を配偶相手として選択していくと自己家畜化は進んでいく。これはまさに現代男性の“見た目”傾向と重なり,ジュノン・スーパーボーイ・コンテストにみる「穏やかさ」「女性的」「ひ弱」を好む審美価値の変化は,自己家畜化の生物的進行を象徴しているとも言える。そして男性の脳容量は,この1万年で約10%減少したとされる。

ICT社会が加速させる人類の進化?

 さらに現代の情報環境は,この流れを一層加速させている可能性がある。SNS時代,私たちは「映える見た目」に支配され,日々膨大な視覚情報を消費している。AIによる画像生成や加工が一般化する中で,私たちの価値判断はますます“見た目”に依存していく。農業革命が脳容量の縮小をもたらしたように,ICT革命は私たちの「思考」をAIに委ねる代わりに「見た目」偏重の社会を作り出しつつあるのかもしれない。

未来への分岐点

 いま人類は,進化の分岐点に立たされている。男性の“見た目”が女性化するという現象は,単なる流行でも偶然でもない。生物としての変化,文化の変化,そしてテクノロジーの変化が交錯する中で,人類全体が「新しい自己家畜化」の時代に突入しているのだ。

 果たしてこの先,男性の“見た目”はどこまで女性化していくのか。そしてその未来は,希望なのか,それとも危うさなのか。――その答えは,これからの私たちの選択次第で決まっていく。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3967.html)

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