世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1850
世界経済評論IMPACT No.1850

制裁・コロナ・水害の三重苦に直面する北朝鮮:「正面突破戦」で難局打開を模索

上澤宏之

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2020.08.24

 北朝鮮の対外貿易が国連制裁によって大きく落ち込んでいる。特に輸出(2018年)については制裁前(2016年)から約9割減少(金額ベース)するなど,貿易を通じた外貨獲得が事実上,遮断された上,新型コロナウイルスの感染拡大により,「生命線」ともいえる対中貿易(2018年における貿易総額の94.8%)も滞っている。さらに今夏,国土の全域が豪雨や洪水に見舞われるなど,今の北朝鮮は制裁とコロナ禍,水害の「三重苦」に直面している。

 最初に対中貿易からみていく。今年1~6月の貿易額は,前年同期比67.2%減の4億1,068万ドルを記録した。内訳は,輸出が74.7%減の2,737万ドル,輸入が66.5%減の3億8,332万ドルである(中国「海関統計」)。このように制裁で激減した対中貿易であるが,コロナ禍でさらに追い討ちをかけられたかたちとなった。また,北朝鮮の「国家予算収入計画」の約8割を占める「取引収入金」(付加価値税)と「国家企業利益金」(法人税)の両収入計画が,2018年度は前年度比2.5%,3.6%,2019年度は3.6%,4.3%とそれぞれ増加したのに対し,今年度に入るとその伸び率が1.1%,1.2%に鈍化している。さらに2014年に廃止された「国家投資固定財産原価償却金」を今年度予算から再び徴収することを決定(4月13日付け『労働新聞』)するなど,これらの数字からは,財源確保に苦心している様子もうかがえる。

 このような状況の下,金正恩党委員長が行った主張は以下のとおりである。昨年(2019年)12月28~31日に開催された朝鮮労働党中央委員会第7期第5回全員会議で,同委員長は「万一,我々が制裁解除を待って自強力を育むための闘争に拍車をかけなければ,敵の反動攻勢は更に加勢してくるだろうし,我々の前進を遮ろうと,襲い掛かってくるだろう」と指摘した上で,「我々の前進を阻害する,あらゆる難関を正面突破戦で突き破ろう」と述べている(1月1日付け『労働新聞』)。この「正面突破戦」が企図するのは,経済制裁の無力化と経済発展という二つの目標を同時に追求することである。これは自国の経済を発展させ,国力を増大させることで,制裁に対する克服を内外にアピールする試みであると言い換えることもできる。しかし,具体的な対応策自体に目新しいものはなく,国産化や再資源化・節約の推進,科学技術の振興,「我々式経済管理方法」の徹底など,あくまでも従来のスローガンを繰り返し強調し,「自力更生」路線を更に加速させていくことが主張の主な内容である。

 次にコロナ禍について取り上げる。7月2日に開かれた党中央委員会第7期第14回政治局拡大会議では,コロナ禍への対策が集中的に論議され,防疫態勢の一層の強化などが決定されたほか,今年10月の党創建75周年に向けて建設が進められている平壌総合病院に関する具体的な建設工程が確認された。この平壌総合病院に関しては,「敵対勢力の圧殺策動を無力化し,より良い明日に向けて力強く前進するわが祖国の気性とわが革命の屈することのない形勢を誇示する記念碑となろう」(7月5日付け『労働新聞』)とあり,経済制裁とコロナ禍に勝利し,克服するという強いメッセージが読み取れる。さらに,7月25日に開催された党中央委政治局非常拡大会議で,これまでの国家非常防疫体系を「最大非常体制」に移行する決定書が採択されるなど,防疫態勢の一層の強化が図られた。

 そして最後は水害に目を向けてみたい。7月以降,北朝鮮全域が豪雨と洪水に見舞われ,史上最悪ともいわれた「2007年の洪水時よりも多くの雨が降った」(韓国統一部)とみられている。金正恩党委員長が洪水被災地である黄海北道銀波郡大青里に自ら車を運転して支援物資を届けたことが報じられた(8月10日付け「朝鮮中央通信」)ほか,同委員長が出席した党政治局会議(同13日)では,豪雨で甚大な被害があったことが公表されるとともに,洪水被害の復旧策が討議された。また,同会議で総理が更迭されており,内閣の対応の遅れなどの責任が問われたものとみられる。このほか,北朝鮮は「正面突破戦」の主要戦線と位置づける農業分野に関し,「洪水から農業地と農作物を徹底して保護し,被害を最小化し,成果を拡大するため,更に覚醒奮発することで,正面突破戦の最初の年である今年,党が提示した穀物生産目標を必ず達成しなければならない」(8月7日付け『労働新聞』)と呼びかけていることから,今後,水害による農作物の収穫減なども予想される。

 ここで少し本題から逸れるが,近年,北朝鮮では「我々式経済管理方法」と呼ばれる「経済改革」を通じた市場メカニズムの導入が進み,財・サービスの自由な取引・移動を通じて全国規模のサプライチェーンや物流・流通ネットワークなどが形成されるとともに,一部消費財での国産化率上昇,個人農による収穫増などで「市場経済化」が進んでいるといわれている。国連は今年1月に発表した「World Economic Situation and Prospects 2020」の中で,経済制裁下にもかかわらず,北朝鮮の昨年(2019年)の経済成長率を1.8%,今年(2020年)を2.2%,来年(2021年)を2.8%のプラス成長になると推定した(注1)。国連はその根拠を明らかにしていないが,「市場経済化」によって厚みを増した北朝鮮の経済構造が制裁の衝撃をある程度吸収・緩和する作用を果たし,内需を中心とした経済成長が見込めると判断したものと思われる。近年の北朝鮮経済については,韓国政府や韓国のアカデミズムを中心に,金正恩体制発足以降のプラス成長や制裁への耐久性などから,その潜在力を肯定的に評価する傾向がみられるが,一方で,国連制裁によって生産財などの外部アクセスがほぼ遮られた条件下では,新成長分野の開拓や国産化の推進,科学技術の振興などにいくら注力しても,その成長には限界があるだろう。今一つ確実に言えるのは,金正恩体制の経済発展戦略が国連制裁によって「制裁への対抗」という内向きの性格に変容し,コロナ禍と水害によって更なる軌道修正を迫られているということである。

[注]
  • (1)一方,韓国銀行は,2019年の北朝鮮の経済成長率を2016年(3.9%)以来となる0.4%のプラス成長であったと推定。国連制裁により2017年に−3.5%,2018年に−4.1%を記録するなどのマイナス成長を続けていたものの,2019年は農業や建設業の好調,鉱工業の縮小幅が大幅に減少するなどしてプラスに転じたと分析(韓国銀行「2019年の北朝鮮経済成長率の推定結果」2020年7月31日)。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1850.html)

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