世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1808
世界経済評論IMPACT No.1808

北朝鮮の「市場経済化」について考える

上澤宏之

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2020.07.13

 近年,社会主義計画経済を標榜する北朝鮮で「市場経済化」が進んでいるといわれる。韓国の先行研究によれば,計画経済の低迷により配給が機能低下に陥り,それを補完する上で露店・訪問販売など個人の経済行為の領域が拡大し,非合法的・半合法的な存在だった「市場」が次第に当局の黙認の下,事実上の合法的な存在に変質し,そのネットワークは広域化するとともに,様々な階層を含んで重層化しているという。また,国家供給財の減少により企業所・工場の裁量権が大幅に拡大(独立採算制の強化)していることも「市場経済化」を後押ししているとされる。さらには,その過程で高利貸しや商売などで富を蓄積する者が現れはじめ,「トンジュ」(金主)と呼ばれる新興資本家が誕生し,その資金力をもとに国家事業に投資することはもちろん,金融業や建設業,運送業,飲食業,鉱業,製造業などで自らも事業を起こすなどして拡大再生産の一翼を担う存在にまでなったと指摘されている。

 公的所有に変化がみられない中,非公式な経済アクターである「トンジュ」は,利用料の支払いを通じて,国や協同団体の生産財や生産要素を利用したり,既存国営企業・工場などの名義を借りて経済活動を行っているという。こうした現象を韓国では「事実上の私有化」と表現されているが,この「市場経済化」の諸現象については,北朝鮮の公式メディアで伝えられることはなく,いわゆる「脱北者」と呼ばれる,北朝鮮からの離脱者の証言や各種伝聞などを基にまとめられており,研究成果によって描かれる「市場経済化」像も異なってくるのが特徴である。

 ところで,こうした北朝鮮の「市場経済化」の様相は,北朝鮮特有のものではなく,たとえば,ソ連時代にも多くみられた現象とされる。具体的には,配給の低迷などにより個人タクシーの営業や家の修理業,個人の住宅販売,市場でのモノ売りなど,あらゆる分野で住民の私的経済活動が行われ,食糧なども個人農による収穫分に多くを依存するところがあった。つまり不完全な計画経済体制下において必然的に「住民らが対応する非公式の経済メカニズムが形成」(源河朝典「伝統的ソ連型計画経済と対応経済メカニズム-作業仮説『計画外経済』-」)されたのであり,これを北朝鮮に当てはめていえば,北朝鮮の「市場経済化」も計画経済と不可分の関係にあり,両者が主従の関係を超えて「一つの経済メカニズムを形成」(同上)していると考えられよう。

 それでは,こうした北朝鮮の「市場経済化」が韓国にとってどのような意味を持つのか考えてみたい。ここで二つの議論を紹介しよう。まず一つは,この「市場経済化」が北朝鮮体制の安定性を見極める上で,重要な動きであるという議論である。北朝鮮当局からみると「市場経済化」は反体制的なものであり,反動的な動きとして長く取り締まられてきた歴史がある。1950年代末までに制度的に社会主義的改造が終了したものの,生産関係においては残存する資本主義的な要素との「闘争」は,北朝鮮当局も認めるように現在も続いている。その意味において「市場経済化」の動きは「体制弱化」と表裏一体の関係を成していると捉えられ,特に,こうした考え方は安全保障を重視する韓国の保守的傾向の側に強いといえる。

 そしてもう一つは,「改革・開放」への期待という議論である。現在の北朝鮮の「市場経済化」は「改革・開放」路線への移行の可能性を含むものとして,現体制のソフトランディングに向けて,この変化を誘導していくべきとの考え方である。韓国の統一政策・対北朝鮮政策は,「関与」を軸とした融和策が基本となっている。特に,この傾向は革新政権時に色濃くあらわれ,南北経済協力の必要性が強く提起される。また,アカデミズムにおいても「市場経済化」が他の社会主義市場経済諸国の初期の移行段階と類似した傾向があると評価し,その議論の延長線上に「計画」と「市場」の相互依存化,更には「市場」が「計画」部門を蚕食するとの主張もみられる。

 以上をみると両議論のいずれにおいても,北朝鮮の「市場経済化」が体制の変化と直結する動きであり,北朝鮮の将来を展望する上で極めて有用な視点であるということを説いている。その意味から北朝鮮の「市場経済化」をめぐる研究については,今後更に多角的に掘り下げていく必要があるといえよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1808.html)

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