世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
第2次モディ政権と今後のインド経済
(拓殖大学 名誉教授)
2020.03.23
第2次モディ政権の成立
昨年4~5月,第17回総選挙が5年振りに実施された。農民が経済成長の恩恵に与れず,さらには雇用状況が芳しくないという不満の声が高まる中,与党・インド人民党(BJP)の苦戦が予想されていたものの,BJPは前回を上回る議席を獲得する形で圧勝し,引き続き5年間,インド経済のかじ取りはモディ政権に託されることになった。BJPといえば,ヒンドゥー・ルネッサンスの精神に基づいて,インドを強くするという目的で1925年に設立された社会運動団体—民族奉仕団(RSS)—を母体にして,ヒンドゥー・ナショナリズムの高揚を表看板にした政党である。
インドではイスラム支配を長く受けていたことから,とりわけ北インドを中心にイスラムに対する潜在的な反発が強い。それでも第1次モディ政権では,ヒンドゥー至上主義的な政策を抑制しつつ,ガバナンスの向上,物品サービス税(GST)の導入など経済分野での取り組みに力が注がれた。とりわけ農村でのトイレ設置の推進,プロパンガスの普及,国民皆銀行口座に基づいた直接便益移転の展開など社会部門改革の分野で大きな成果を挙げたことは否定できない。
ヒンドゥー至上主義的な政策措置の導入
他方,第2次モディ政権においては,与党BJPが上院でも過半数に手が届きそうな状況にある中,ヒンドゥー・ナショナリズムを前面に打ち出す姿勢を強めている。早くも初年度において,選挙マニフェストに掲げられたヒンドゥー至上主義的な政策措置が矢継ぎ早に講じられるに至っている。
第1に,インドのムスリム(イスラム教徒)の間では,夫が妻に対して3回「離婚する」(タラーク)を唱えれば,妻に同意なしに離婚が成立するという慣習があるが,昨年7月,そうした離婚慣習を違法とするトリプル・タラーク禁止法を成立させたことである。これはムスリム女性の権利保障を大義名分としながら,ムスリム社会の離婚慣習を打破し,統一民法の制定を目指したものである。
第2に,昨年8月,ジャンムー・カシミール州(J&K州)に特別自治権を付与していた憲法第370条を撤回するとともに,同州をJ&Kとラダック(仏教徒が多数派を占める)に分割し,連邦直轄地にしたことである。J&K州はインドで唯一,ムスリムが多数派を占め,絶えずパキスタン側からの武装勢力の侵入に晒されてきたところである。
第3に,ヒンドゥー教徒とムスリムとの間でのアヨーディアの係争地(ヒンドゥー教徒にとってのラーマの生誕地)をめぐって,昨年11月,最高裁判所がヒンドゥー教徒側の主張に沿う形で,ラーマ寺院の建設に充てるべきとの判決を下したことである。同地には,ムガル帝国時代に建造されたイスラム寺院が配置されていたが,1992年12月にヒンドゥー過激派によって破壊されたという経緯がある。
第4に,昨年12月,改定国籍法を制定し,2014年末までにバングラデシュ,パキスタン,アフガニスタンからインドに流入した移民者のうち,ムスリムを除くヒンドゥー教徒その他教徒のみに国籍を付与するという方針を明示したことである。明らかにムスリムには一方的に不利な内容のものである。
上記4件のうち,インド政治の不安定化を招くものとして特に懸念されているのが改定国籍法の制定である。バングラデシュなど国外からの「不法移民」に直面しているアッサム州では,改定国籍法の制定直後,今後「不法移民」がさらに増加するという理由で大規模な暴動が発生し,同州で12月13~14日に予定されていた日印首脳会議が直前にキャンセルされた。さらにインド全土ではムスリムに対する宗教的差別を理由として,抗議運動が燎原の火のごとく広がりを見せている。トランプ大統領の訪印と重なる2月下旬には,首都デリーでヒンドゥー教徒とムスリムが衝突し,双方でこれまで52人の死者を出すに至った。
経済改革に向けての正念場
第2次モディ政権は,2024年までにインフラ部門に100兆ルピー(160兆円)規模の投資を実施し,25年までにインドを5兆ドル経済,30年までに世界第3の経済大国,さらに32年までに10兆ドル経済に到達させるという目標を打ち出している。しかし目下,インドの経済成長は2016年度の8.3%をピークに減速傾向を辿っており,19年度には5.0%に落ち込んでいる。
今後,インドがさらに高レベルの持続的成長を確保していくためには,経済改革の本丸といわれる分野に本腰を入れて取り組んでいくことが求められる。経済改革の懸案事項とされているのが,労働規制や土地収用,それに電力部門に係わる分野である。ちなみに電力部門改革は,深刻化しつつある水不足の問題にも係わる重要課題である。上記の分野ではいずれも強固な既得権が形成されており,さらに憲法の規定上,州政府が管轄権を有する分野でもあり,全国一律に改革を進めることが決して容易ではないところである。
既得権の打破を伴う改革を実施するためには,多大な政治的資源を投入することが求められる。インド民主主義の基盤をなす世俗主義と政治的分権化を担保しつつ,経済改革の残された課題にどこまで切り込んでいけるのか,第2次モディ政権はその正念場を迎えている。
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