世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.834

カーネギーとトランプ:危険な世界に生きる

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2017.05.01

 アンドリュー・カーネギーの墓には,「己より賢き者を近づける術知りたる者,ここに眠る」と刻まれている。この言葉をドナルド・トランプに訊いたらなんと応えるだろうか。多分,「カーネギーは馬鹿だったんだな,俺は世界で一番賢いから,まわりに人を置かなくていいんだ」と言うだろう。何しろ「偉いと思われたい」「すごいと言われたい」という性格だ。「劣等感」の裏返しだろう。「尊敬されたいと思っている」という報道もあった(「激震続くトランプ劇場(2)尊敬されたいんだ」『日本経済新聞』2017年3月8日,朝刊)。さすがに「尊敬されたい」にはコメントのしようもない。

 「賢者は歴史に学び,愚者は経験に学ぶ」と言われる。2014年1月22日のダボスでの安倍発言を思い起こせば,日本人が言えた義理じゃないかも知れないが,ドナルド・トランプは,歴史なんかに興味はないんだと思う。4月14日のワシントンポストに「Trump doesn’t know much about history。 It’s making his on-the-job training harder」という記事も出ていた。

 いつも思うのだけど,トランプの関心は,目先のことだけで,ごくごくミクロのことだけだ。「アメリカの製造業の雇用」を言うとき,アメリカのサービス業のことは頭にない。もっと言えば,製造業の生産性や技術進歩のことも考えていない。何を言えば人気が上がるかしか考えていないのだろう。そういう人が,あと4年弱アメリカの大統領だということを前提に我々は物事を考えなくてはならないのだ。

 各国首脳との電話会談の比較にも驚かされる(「激震続くトランプ劇場(1)新STARTって何だ」『日本経済新聞』,2017年3月7日,朝刊)。オバマはポケットに手を突っ込み,ピザでも注文するかのように立ったままウラジーミル・プーチンと電話した。だが,トランプはスティーブ・バノンら側近を並ばせる。彼らの表情には一様に緊張が走る。電話のさなかにトランプから質問が飛んでくるかららしい。1月28日の初の電話会談でプーチンが2021年に期限を迎える新戦略兵器削減条約(新START)の延長の可能性に触れた。やおら受話器を置いたトランプは側近に「新STARTって何だ」と仰天質問を浴びせた。世界の安全保障の地図を変える核戦力強化を唱える一方,歴史的な経緯には無頓着なのだ。困惑気味のプーチンにトランプは「新STARTは悪い交渉合意の一つだ」と言い返すと,「俺の人気はすごいんだ」と話題を変えたという。国際政治は複雑な連立方程式を解くような営為だろうに。

 戦争は不幸な偶然が重なって起こる。2014年1月のダボスでの安倍発言を引き出した質問をしたギデオン・ラックマンが書いているが,1950年1月に当時のアチソン米国務長官が「韓国がアメリカの軍事防衛線の外にある」とも取れる発言をして,それを金日成が読み違えて朝鮮戦争が始まった、という(“Donald Trump, Kim Jong Un and the risk of nuclear miscalculation,” FT, April 17, 2017)。

 アメリカのムニューシン財務長官は2017年3月24日,ワシントンで開かれたイベントで,「アメリカの労働者にとって利益にならない貿易協定は再交渉していく。我々は保護主義にはならないが,再交渉で利益が得られなければ,(保護主義に)ならざるを得ない」と述べたと報道されている(『讀賣新聞』,2017年3月25日)。トランプ政権の閣僚だから,こう言うしかないのかもしれないが,「アメリカの労働者にとって利益にならない」というのは,短期的利益を指しているのだろうか。「再交渉で利益が得られなければ,(保護主義に)ならざるを得ない」というのは,保護主義になった方がアメリカの労働者にとって利益になるというのだろうか。それとも,「21世紀型(経済)砲艦外交」なのだろうか。

 ドナルド・トランプは「America First」といつも言ってる。そんなの当たり前だろう。どこの国の政治家も,まずは自国の利益を考えて政治をするのだ。問題は,短期的な一面的な利益を求めるのか,いろんな要素を考慮して,長期的にどうするのが自国の利益に適うかの問題だ。イギリスのメイ首相は,Brexitで「いいとこ取り」を考えたらしいが,世の中そんなに甘くはないのを知るだろう。

 ドナルド・トランプには理解出来ないだろうが,「比較優位の理論」は最も優れた経済学の知見で,「ゼロサム・ゲーム」ではない。トランプは,これまで「ゼロサム・ゲーム」をやって来たのかも知れないが。トランプは,「貿易赤字」は悪で,「貿易黒字」はいいことだと思っているらしい。まあ,そう思っている日本の政治家もたくさんいるだろう。

 庶民が,目先の短期的な利益を追求するのは仕方がない。でも,政治家は,有権者に対して,自分の全人格・全政治資本を尽くして,長期的利益は何か,どうすれば「ポジティブサム・ゲーム」が実現するかを,説得する責務を負う。

 いまや世界中の人が,「トランプが平気でウソをつく」ことを知っている。ウソは政治家の専売特許だと言ってしまえばそれまでだが,政策の有効性を損なっていることは間違いない。

 トランプ政権の大臣の中には,「大臣病」でなった人もいるみたいだ。おっちょこちょいの報道官は,ボスと平仄が合っているのかも知れない。でも政権の中にはトランプ大統領では,アメリカが,さらには世界が危ないと思って,あえて火中の栗を拾った人もいるように思える。そのような人たちの奮闘に期待するしかないのが,つらいところだ。

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