世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3899
世界経済評論IMPACT No.3899

日本農業と鉄鋼業:食糧安全保障・中進国・鎖国?

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2025.07.14

 コメの値段高騰で食糧安全保障の議論も喧しい。自民党の「農林族」の議員たちは,食糧安全保障の観点からもコメは国内で自給すべきだと声高に議論している。一定数量のコメを国内で生産することと現在の米作農家の労働構造を維持しなくてはならないと言うことは,あまり関係ないお話だ。食糧安全保障の観点から,一定数量,例えば年間600万トンとか700万トンのコメを国内で作ろうという場合,いかに国民の負担を小さくするかということが政策立案の際,大切だ。戦争など有事の際,美味しいコメをたらふく食べようというのは贅沢というものだ。芋を食っても人間は死なない。小規模零細稲作農民をどうすればいいかというのは,農業政策というより社会政策であって,それに対応するのは所得補償だろう。小規模稲作農民の平均年齢は70歳くらいと言われる。ビジネスとして,小規模零細稲作農業をやりたいという若者はあまりいない。美しい山里の風景を遺すのは環境政策の分担だ。「農林族」の票田維持のために高いコメを消費者に食べさせるのは間違っている。

 いま参議院選挙の真っ最中。いろんな所に書いているけれど,もっと国会議員の数は少なくてもいいんじゃないだろうか。日本の参議院は定数248。アメリカの上院は各州2人で100。日本の参議院の定数も,せめて各都道府県2人でいいんじゃないか。アメリカ,国土は日本の25倍,人口は2.5倍。「身を切る改革」なんて標榜する政党もあるようだが,彼らはどう思っているんだろうか。日本の参議院議員はアメリカの上院議員より能力が劣るから,多くの人数が必要だと言うのだろうか。それともアメリカの上院議員は日本の政治家よりずっと優秀なのだろうか。国会議員は国全体のことを考えるのが仕事。地域のことは県議会議員とか道議会議員たちが考えるべきだろう。

 ドナルド小父さん,関税は美しい言葉で,関税で保護すればアメリカの製造業は元気になると言う。自由貿易の利益も理解出来ないようだ。100年前,世界に冠たる鉄鋼メーカーだったUSスティールが,元気がなくなって世界29位にまで競争力を失ったのはアメリカ政府が保護育成を怠ったからだと言うのだろうか。日本製鉄の子会社になれば元気になるのだろうか。鉄鋼業は,中進国・新興国で元気な産業だと思う(『戦後日本の産業発展』;Industrial Development in Postwar Japan)。

 ドナルド・トランプは,三権分立も中央銀行の独立性も認めない。政権に批判的な法律事務所のスタッフが連邦政府ビルに入ることを禁止したという。何しろ「イエスマン大好き」小父さんなのだ。独裁者になりたいのかも知れない。7月9日アメリカはブラジルに対して関税を50%に引き上げた。4月に公表された相互関税率は10%だったから5倍だ。アメリカのブラジルとの貿易収支は日本と違ってアメリカの黒字。ブラジルのルーラ政権がアメリカにいろいろ正論を言っていて,イエスマンじゃないのが気に入らないだけでなく,盟友ボルソナーロ前大統領の裁判もやめろとも言っている。ドナルド小父さん,ブラジルを主権国家と認めていないのかも知れない。

 Robert Armstrongが5月2日のFTに書いた‘Taco’ trade theoryについて5月28日の記者会見で質問された時,ドナルド小父さん,初耳だったらしく,「TACO(Trump Always Chickens Out)」の説明を記者から聞いて激怒したと報じられている。とくに「C」について怒ったのだろう。まあ,「Chicken」ですな。後藤田正晴は官房長官の時,秘書官たちに「いやな話はすぐ自分の耳に入れろ。いい話は報告を忘れれてもかまわん」言っていたという。

 5月末に来日したドイツのメルケル元首相がインタビューに答えて,「ドナルド・トランプは,ウィンウィンということが理解出来ないの」と応えていた。関税が上がれば小売価格を上げざるを得ないとウォルマートが言ったら,トランプは,やめろと圧力をかけた。対中高関税によってアップルがiPhoneの組み立てを中国からインドにシフトすると言ったら,それにも介入。インドじゃなくてアメリカ国内で作れと言ったらしい(組み立ての付加価値はたいしたことはないけど)。民間企業の活動に介入するのは伝統的な共和党ではない。

 ブラジルだけではく,インドも,そしておそらくEUも,長期的にはアメリカ依存を低下させようとしていると思う。日本も長期ビジョンを考え直し始めるべき時期だ。4月14日のコラムに書いたように,いまや我々はG6の世界に入ったのかも知れない(POLITICO, June 13; The Globe and Mail, June 17)。ドナルド小父さん,歴史に何の関心もないかもしれないが,江戸時代の日本を見習って「鎖国」したら,彼にとって住みやすい世界になるのかも知れない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3899.html)

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