世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4034
世界経済評論IMPACT No.4034

独裁者が統治する「自由の国」,そして日本

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2025.10.13

 ドナルド小父さん,関税でどうしようとしているのか,訳が分からん。ということを書こうとしていたら,とんでもない,ドナルド・トランプは独裁者になりたいらしい。自分を批判することは違法だとまで言ってる。筆者は,テレビでニュース・チャンネルをつけたまま,仕事をしていることもある。ちゃんと画面を見ているわけじゃないけど,ドナルド小父さん,「自分はやりたいことは,何でも出来る」と言ってた。同じタイミングで,「自分は独裁者ではない」とも言っていた(いつだったか記憶は定かではないが,9月に入ってからのニュースなのは確かだ)。と言うことは,ウクライナへのロシア侵攻を止めたい,戦争を終わらせたい,とは考えてはいないんだと思った。

 保守活動家チャーリー・カークの暗殺事件について,ABCの名物トーク番組「ジミー・キンメル・ライブ」でキンメルがトランプ支持層を揶揄したのがけしからんと(それとも,死んでしまった金魚を嘆く4歳児のようだという揶揄が頭にきたのかも知れないが),放送免許の取り消しをちらつかせて,「ジミー・キンメル・ライブ」を無期限休止にした(翌週には復活して再スタートしたようだ)。

 「言論の自由」なんて頭の片隅にもないと思ったら,豈に図らんや,今年(2025年)1月20日,「Restoring Freedom Of Speech And Ending Federal Censorship」という大統領令にサインしている。ドナルド小父さん,何を考えているか予測不可能だと慨嘆しても無駄。自分の過去の発言なんて忘れているようだし,首尾一貫しているかどうかをチェックする思考回路はないようだ。テキサス州選出の共和党上院議員Ted Cruzは「Dangerous as hell」と批判している。

 スタッフから注意されたのだろうか,ドナルド小父さん,「自分は言論を封殺するつもりはない。フェイク・ニュースなどウソはダメだと言っているだけだ」と自己弁護。ウソとハッタリが得意なドナルド小父さん,「フェイク」の定義を都合よく使い分けているのだろうか。自分の言うことはすべて「真実」,自分に対する批判はすべて「フェイク」なのかも知れない。

 目を日本に転じると,衆参両院で自公連立政権は少数与党で,野党と政策協議で妥協しないと法案も予算も通らない(いまや自公連立も風前の灯火かも知れない)。逆に野党が手を結んで連立政権を作っても政策は妥協が必要で,ポピュリスト的政策になるだろう。税収が足りないなら,国債を出せばいいと思っている政治家は,公言するかどうかはともかく,多い。「元祖」ポピュリストの国アルゼンチンは,ドル建て国債を出しても,フルに返す気など端からない。ヘアカット(債務再編)を,国債を出した政府も,買った世界中の機関投資家も初めから考えている。2001年末,『フィナンシャル・タイムズ』は「Risky tango in Tokyo」という社説を掲載した(FT, December 30, 2001)。「Just five years」という結論は実際には起こらなかったが,「失われた30年」の先にある日本なのだろうか。日本は「天然資源なきアルゼンチン」になってしまうのだろうか。

 多くの日本人は,借りた金は返すべきだと思っているだろう。法律も「最低限のモラル」だから守るべきだと多くの日本人は思っているだろう。でも,法を犯して有罪になった場合のコストと,法律違反をしても自分が得られるだろう利益と罪のコスト・ベネフィットのプロジェクト評価的発想で行動する人も,世界には沢山いるのだ。

 戦後80年,曲がりなりにも世界経済はそこそこ発展してきた。しかし,国際機関は,制度疲労が目立っている。国連も,世界銀行も,IMFも,WTOにもかなりの制度疲労が来ている。GATTからWTOに改組されて30年。トランプ関税はWTOルールに抵触する。自由貿易協定を結んでいる国に対してもアメリカは高関税を課す。ルールとか法秩序には無頓着のアメリカ。関税保護でアメリカの国内製造業が元気になり,外国企業のアメリカ国内への直接投資が増えると言うのだ。多くの人が異常気象の原因は地球温暖化だと考えているが,ドナルド小父さんは認めない。根拠をきちんと示さない,研究の都合のいいところだけをつまみ食いして説明するのは大得意。

 執筆時点で次の日本の総理大臣が誰になるかは分からないが,国のリーダーは,様々な側面に目配りして行動したり,発言しなければならない。ドナルド小父さんはその資質に欠ける様だし,自民党の新総裁も一つのことに目が行きすぎるきらいがあるようだ。党内の会合ならともかく,公開の席で「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる。働いて,働いて,働いていく」と言えば,それを引用する経営者が出ることに思いが行かない。政治家は自国の将来について明確なビジョンを示し,そのプロセスと政策を国民に提示するのが仕事なのだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4034.html)

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