世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4232
世界経済評論IMPACT No.4232

中国のスマート養老の政策強化と発展展望

邵 永裕

(元金融機関 エコノミスト・東京大学 学術博士)

2026.02.23

 中国は世界最速のスピードで高齢化が進展しており,2024年末現在,60歳以上人口は3.1億人,総人口の22.0%を占めており,65歳以上人口は2.2億人(総人口の15.6%)に達している。この前例のない人口構造の変化に対し,中国政府は単なる介護サービスの量的拡充ではなく,AI(人工知能),ロボット,ビッグデータ等の先端技術を活用したスマート養老産業の育成を国家戦略として推進している。

 2026年1月,民政部は第15次5ヵ年計画(2026−2030年)に向けた初の民政科技革新に関する総合的政策文書「民政科技革新のさらなる推進に関する指導意見」を発表した。この意見では人型ロボット,BMI(ブレイン・マシン・インターフェース),人工知能などの先端技術を広く応用し,失能・失智(要介護状態・認知症)予防,生活介護・リハビリ介助,安全リスクモニタリング・緊急救援などに関するキーテック・設備の研究開発を推進することが明記された。

 民政部の李永新・人事司副司長は,1月29日に行われた記者会見において「技術革新と産業革新の結合が不十分」という現状課題を指摘した上で,養老サービス技術装備製品と居家(在宅)・社区(コミュニティ)・機構(施設)の典型的サービスシーンとの深度融合を推進し,高齢者の多様なニーズに対応する総合的ソリューションを形成する方針を示した。

 同指導意見では,各地の実情に応じて高齢者・養老サービス産業クラスターを構築し,スマート養老サービスロボット,スマート養老用品・製品を中核とする産業の強化・拡大を促進する。特に,京津冀(北京・天津・河北),長三角(上海・江蘇・浙江),大湾区(広東・香港・マカオ),成渝(成都・重慶)などの都市群の産業・資金・技術・人材集積の優位性を活用し,産業の革新発展の高地を構築する方針が示されている。

 北京市朝陽区は2025年11月,「智慧康養産業創新発展3年行動計画(2026-2028年)」を発表し,2028年までに産業規模100億元達成を目標に掲げた。同計画では,スマート感知技術,人機交互制御技術,類脳・BMI技術などキーテクノロジーのブレークスルーを目指すとともに,介護ロボット,スマート介助器具,スマート養老データ要素などの分野で産業集積を図る。

 上海市では,2023年以降スマート養老院の建設を全面的に推進し,現在までに122カ所のスマート養老院を整備している。スマートマットレス,転倒モニタリング,ワンタッチ呼叫などの智能設備を配備し,高齢者の健康データをリアルタイムで観察・記録するとともに,潜在的安全リスクを事前予測する仕組みの構築が進んでおり,また,介護記録のデジタル化,配薬システム,抱え上げ移乗ロボットなどの導入により,介護職員の反復労働を軽減し,サービスの質と効率向上が目指されている。

 江蘇省では,全省13市が2026年の民生実事リストに智慧養老関連事業を盛り込んでいる。南京市は困難高齢者向けの「ワンタッチ呼出し」設備や無線智能煙感知器の設置,蘇州市は「蘇康養・銀発商城」の開設と基層適老生活体験センターの整備,無錫市は全市の特殊困難高齢者への「ワンタッチ呼出し」及び煙感報知器の統一設置などを計画している。

 復旦大学老齢研究院が発表した「中国銀発科技発展報告(2025)」によれば,シルバーテックは医療健康技術,生活介護技術,精神文化・社会参加技術の3大領域に分類される。具体的には,ウェアラブル・遠隔健康モニタリング,スマート介護・サービスロボット,認知症介助などの技術が含まれる。

 産業発展の主要な需要シーンとしては,以下の10項目が挙げられている。

 主動健康とスマートモニタリング,リハビリ訓練と機能向上,介護支援とスマート輔(補)助,身体機能輔助,高齢者向け改築,スマート養老デジタルプラットフォーム,スマートモビリティと住みやすい環境,精神文化と社会参加,養老金融とリスク保障サービス,老年教育とスキル向上。

 民政部等8部門が2026年1月に発表した「養老サービス経営主体の育成・銀発経済(注1)促進に関する若干措置」では,養老サービスロボット産業の発展を奨励し,家庭や施設における高齢者の日常介護,心のケア,社会的支援などの需要に応えるため,ロボット技術,医療リハビリ,スマートホーム等の産業横断的協業と技術融合を促進する方針が示された。特に,排せつ介護,入浴補助,乗換え補助などの介護ロボットの革新促進と規模化応用が期待されている。

 スマート養老データ要素分野では,高齢者の能力・健康・行動・居住環境・介護などの次元にわたる多様で長期的なデータを収集・融合し,高品質な養老データセットを構築する取り組みが進められている。また,マルチソースデータを活用した高齢者の健康・安全リスク予測,サービス需要予測モデルの開発が進められており,早期警報と需要のスマート判断が可能になりつつある。

 昆山市では「昆養e家」智慧康養プラットフォームを構築し,養老サービスと市場開放の融合を推進するとともに,60歳以上高齢者向けにスマートフォン応用訓練を年間6000人規模で実施し,デジタル格差の解消に取り組んでいる。

 上海市では2025年末に「銀発商店」がオープンし,高齢者の間で話題のスポットとなっている。この商店は智能スマート養老補助器具,高齢者向け家具,ヘルシー配膳,機能性衣料,シルバー文化娯楽など多分野の革新成果を体系的に展示・販売するもので,現在の1日平均売上は約3万元,最高で5万元に達している。特筆すべきは,外骨骼ロボットのように実際に試用してから購入できる点が高齢者の「選べない,買えない」という消費障壁を解消していることである。

 発展の勢いが顕著である一方,スマート養老産業には複数の構造的課題も存在する。第一に,データ協同メカニズムの未整備である。異なる機関・システム間でのデータ連携が十分に進んでおらず,データの断片化が効率的な活用を阻んでいる。第二に,複合的人材育成システムの未確立である。AI・ロボット技術と介護の両方に精通した人材の不足が指摘されている。第三に,企業の革新意欲の向上が必要である。特に中小企業にとっては研究開発コストの負担が大きく,イノベーションへのインセンティブ喚起が課題となっている。また今後は,さらにスマートインテリアと養老サービスの融合,人工知能と健康養老の融合,5G/モノのインターネットと遠隔介護の融合などのような技術融合の推進が求められる。

 8部門の共同措置では,身体機能が低下した高齢者への科技支援として,BMI,外骨骼ロボット,肌肉外甲などの技術の積極的探索が明記されている。工信部の李強・消費品司副司長は,今後も新世代情報技術と養老サービスの深度融合を推進し,養老サービスロボット,嚥下しやすい食品などの製品開発を強化する方針を示している。

 産業の健全な発展に向けて,適老化設計と評価基準体系の早期確立が求められている。全国統一の認証・評測メカニズムを構築するとともに,人材育成体系の整備,倫理ガバナンス体系と監督管理枠組みの不断の健全化が必要とされている。

 「銀発経済藍皮書(2024)」によれば,智慧養老を含む銀発経済全体の市場規模は2024年時点で約7兆元,GDP比約6%であるが,2035年には30兆元規模,GDP比約10%に達すると予測されている。特にサービスロボットやAI活用型介護支援システムなどの分野で急成長が見込まれる。

 中国のスマート養老産業は,国家戦略としての政策支援を背景に,AI・ロボット・ビッグデータ等の先端技術を活用した体系的な発展段階に入っている。民政部の指導意見に象徴される政策枠組みの整備,北京市朝陽区や上海市等における具体的産業育成策,そして銀発商店の開設に見られる消費市場の形成は,この分野が「コンセプト」から「社会実装」の段階へと移行していることを示している。

 しかし,データ連携の不足,人材育成の遅れ,企業革新意欲の喚起など,乗り越えるべき課題も少なくない。これらの課題に対し,標準化の推進,産学連携の強化,投融資メカニズムの革新等を通じた対応が進められている。中国の智慧養老産業の成否は,単に技術開発の進展のみならず,それらの技術が実際の介護現場でどのように受け入れられ,高齢者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上にどのように寄与するかにかかっている。技術と人間的ケアの最適な調和を如何に実現するかが,今後の重要な焦点となるであろう。

[注]
  • (1)「銀発経済(ぎんぱつけいざい)」とは,中国語で「シルバーエコノミー(高齢者市場)」を指す言葉。2024年に中国政府が「銀発経済の発展に関する意見」を初めて国家レベルの政策として打ち出した。
[参考文献]
  • ・中国民政部「民政科技革新のさらなる推進に関する指導意見」(2026年1月29日)。
  • ・中国民政部等8部門「養老サービス経営主体の育成・銀発経済促進に関する若干措置」(2026年1月13日)。
  • ・復旦大学老齢研究院「中国銀発科技発展報告(2025)」。
  • ・邵永裕「中国のスマートシルバー医療と日系企業の参入:スマートヘルス・養老産業の動向を中心に」,日中経済協会『日中経協ジャーナル』(2025年6月)。
  • ・邵永裕「中国のスマート養老の発展現状と将来展望」,みずほ銀行『CHINA BUSINESS Monthly』2024年12月号。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4232.html)

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