世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「日本の失われた30年」の原因は何か:回復の処方箋を考える
(兵庫県立大学 客員教授・名誉教授)
2026.03.09
日本の長く続いた低成長の原因は,端的に言って国内投資の過少である。「投資」こそは経済成長の原動力である。マクロ経済でお馴染みの「国内総生産(GDP)」の公式を想起しよう。Y=C+I+G+(X-M)である。Yは国内総生産(GDP),Cは民間最終消費支出(個人消費),Iは国内総民間投資(投資),Gは政府最終消費支出(政府支出),(X-M)は純輸出額を表す。
「投資」は資本の蓄積をもたらし,技術進歩を促す。生産力の増加は雇用をもたらし,雇用は内需を生む。企業の収益は税収をもたらし,政府の財政を支える。企業は輸出によって外貨収入をもたらし,国の国際収支に貢献する。全ては「投資」から始まる。国内に投資余力が少ない場合,外国からの直接投資は経済成長に欠かせない原動力になる。多くの途上国が外国からの直接投資を切望するのは,不足する「投資」を補い,知識や技術を移転し,雇用を生み,税収を期待し,本国や第三国への輸出によって外貨収入をもたらすからである。このすべてがGDP成長の糧となる。
それでは,なぜ日本は国内に投資し続け,経済成長を通じて自国を豊かにする道を選ばなかったのか,というより「選べなかった」のか。それは1980年代の後半に激しくなった「日米貿易紛争」が原因である。この貿易摩擦を解消するために,日本は輸出による経済成長路線(輸出戦略)から,海外に製造拠点を設ける「国際化戦略」に方向転換する必要があった。筆者は貿易経営論の研究からスタートしたが,教壇に立つ頃には国際経営論の教師になっていた。この時日本経済は大きな構造転換を経験していた。
歴史に「もしも」はないが,「もしも」あの時点で日本が「輸出戦略」に固執していたら,どうなっていただろう。1ドルが360円の固定相場の維持(超円安)に固執し,自己完結型の経済構造を目指して投資を国内に集中させ,不足する労働力を「移民労働者」で補充し,狭小な国内市場に見切りをつけグローバルな輸出戦略を志向し,政府の補助金で先端産業を育成し,官民を挙げてどの国よりも早く世界市場の占有を目指す戦略を実行していたらどうなっていたか。そうなのだ,今の中国がこの戦略を志向している。結果は惨憺たる自己崩壊に繋がっていただろう(注1)。
日米貿易摩擦はますます激しくなり,米・EUは関税障壁や輸入規制を強化し,日本排除に動いただろう。日本の経済成長を担保していた「自由貿易体制」を自らの手で破壊する結果を招いただろう。1990年代に日本は急速に対外直接投資を増加させたが,それ以外に日本経済を活かす方法はなかった。
それでは,国際化戦略は何をもたらしたか。国内総生産(GDP)の公式を思い出そう。近隣諸国や発展途上国の多くが「投資」の不足で苦しんでいた。そこへ日本が対外直接投資によって資本と技術を移転し,現地で雇用を創造した。企業の繁栄は地域社会を潤し,納税によって国庫を支えた。生産物は本国の親会社や第三国に輸出され,その国の国際収支の改善に役立った。日本の直接投資は受入国のGDPを押し上げた。その反作用として,日本国内への投資が制約され,経済成長率が低迷する結果になった。日本の対外直接投資の成果は統計上は受入国の経済的成果として計上される。「日本の失われた30年」は,他国を豊かにした「経済国際化の30年」なのである。
それでは,日本の対外直接投資はどのくらいの規模だったのか。AI(Gemini 3)を使って1990年から2024年までの,各年度ごとの「外国の対内直接投資」(流入)と「日本の対外直接投資」(流出)の額およびその差額を一覧表にした。縦の欄の合計も合わせて表記するよう指示した。その数字は驚くものだった。AIがハルシネーション(幻覚)を起こしたかと疑った。
この34年間の対内直接投資額は512,000(100億円以下切り捨て,単位は億円)に対し,対外直接投資額は2650,000(100億円以下切り捨て,単位億円)である。その差額は213.8兆円になる(注2)。つまり,流出が流入の5倍以上もある。驚くべきことに,日本の莫大な対外直接投資は雇用空洞化を招ことなく実行された。日本の終身雇用的慣行が歯止めとして機能したのである。
この対外直接投資の利益が日本に還流し,経済成長に寄与するのなら問題ない。財務省が2026年2月9日に発表した国際収支統計によると,2025年に日本企業が海外事業で得た稼ぎは26兆円と過去最高を更新した(日本経済新聞2026年2月10日朝刊)。日本の親会社に支払われた配当金・配分済み支店収益は14兆7120億円だった。海外子会社が内部留保として蓄えている再投資収益は11兆3425億円もある。まだ直接投資収益の4割が海外に留まっている。他方,2025年の日本への純投資額(実行から回収を引いた実額)は7兆1827億円と3年ぶりに増加した。それでも日本の対内直接投資(流入)はまだ少ない。
結論は明らかである。「日本の失われた30年」は「国際化の30年」だった。対外直接投資に視野を広げると,日本の「国際化した経済」は停滞などしていなかった。国内の経済が成長しなかった原因は,外国からの直接投資の流入が少ない(流出に比べて)ことである。この結果,次のことが指摘できる。第一に,海外に保留している利益を国内に還流させること。還流を促進するために新産業や研究開発に投資する企業の税金を減免すること。第二は外国からの直接投資を奨励すること。少なとくとも,流出と流入がバランスするまで対内直接投資を奨励すること。そのためには,熊本県全体を保税加工区に指定し,新規事業に法人税減免の特権を与えるくらいの措置が必要であろう。
その観点からすると,トランプ関税の脅しに怯え,85兆円の対米投融資を約束した外交は稚拙である。投資国の視点からは「投資が歓迎され」,「関税障壁で守られる」のはチャンスと思うだろう。しかし,自国の経済を成長させたいトランプ大統領の観点からは,85兆円の投融資で米国経済は復活する。「してやったり!」というのが彼の本心だろう。高関税は実現不可能な「脅し」に過ぎない(注3)。投資国の立場に立つか,受入国の立場に立つかで,これほど物の見方に違いが生まれる。85兆円を日本国内に投資すれば「失われた30年」は解決できる。しかし,アメリカに持ち去られたなら「失われた40年,50年」になりかねない。これからの時代,自国経済の成長を求めて各国が「投資」獲得の争奪戦を繰り広げる。円安が続く今がラスト・チャンスである。
[注]
- (1)安室憲一「中国の「戦略的過剰生産」がもたらす破壊力」『世界経済評論インパクト』(No.3548 2024年9月2日)
- (2)2025年のGDPが620~630兆円,一般会計予算が115.5兆円と比較してみると,いかに巨額か分かる。
- (3)安室憲一「トランプ大統領はなぜタコ”TACO”になるのか」『世界経済評論インパクト』(No.3863 2025年6月9日)
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