世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4102
世界経済評論IMPACT No.4102

「日本終わった」論に反論する

安室憲一

(兵庫県立大学 客員教授・名誉教授)

2025.12.01

 最近,日本の経済成長率がG7で最低だとか,生産性が最も低い国という非難に近い論調を見ることが多い(注1)。筆者はそのたびに反論したくなる。日本に対立する国の政府が意図的に「日本終わった」と喧伝するのは自国を「盛況」に見せようとするプロパガンダに過ぎないが,日本の経済評論家が「日本終わった」と宣うのは腹が立つ。いったい何を見てそう判断するのか。

 この「日本終わった」プロパガンダを信じている国々の若者は,日本が落ちぶれた「貧乏国」と思って来日する。成田に到着した瞬間,その規模と進んだ設備,美しい景観に度肝を抜かれる。東京駅に到着すれば,高層ビルが林立し,行きかう人は秩序正しく静寂,PM2.5のスモッグのない晴れた空,食事は安くとてもおいしい。自国に比べ格段の繁栄に腰を抜かす。都市は繁栄していても田舎は寂れてボロボロだろうと思って行ってみると,緑豊かで人々は親切,小川には魚が泳いでいて,まるでアニメの世界。奈良に行けば鹿が出迎えてくれて,まるで人間のように礼儀正しい。それに引き換え,我が国は失業者の群れ,河川はゴミで埋まり,大気汚染でビルが霞む。「日本終わった」なんて誰が言ったのか。自国政府のプロパガンダだと気が付くのである。日本が野蛮で危険な国だなんて大嘘だということが来てみればわかる。こんな述懐がYouTubeには溢れている。そこで問いたい。日本の経済評論家の一部に「日本終わった」論を唱える人々がいるがこれは一体何なのか。

 彼ら経済評論家は何を基準にして「日本終わった」と判断するのか。成長盛りの途上国の若者が,自国の経済成長率(ベトナムは7-10%のGDP成長率)を日本のそれと比較して「日本は低成長国」と見るのは致し方ない。日本も60-70年前はベトナムをしのぐ成長率だった。そもそも成長曲線というものは凸型をしている。いつかピークを過ぎるものである。

 しかし,彼らが見ているのは「量」の拡大であって,経済の「質」や「安全性」,「地球環境の良さ(GX)」を見ていない。つまり,「20世紀の工業経済」の尺度で,「21世紀の知識経済」を計っている。GDP成長率や労働生産性(GDP/総労働時間)という尺度は「工業生産」をベースにした考え方である。サービス産業や知的生産(研究開発や教育)を測る尺度としては適切ではない。そもそも「生産力説」はマルクス主義の基本概念でもある。社会主義国が消費よりも設備投資に重きを置くのは「計画経済」の根幹が「生産力」を基準にしているからである(注2)。だから社会主義国の政治家や経済学者が「日本終わった国」(過少投資)と考えるのは,彼らの視野には「消費」や「生活の質」や「自然環境」などが入っていないからである。実は,IMFのような教養ある国際機関でさえ「日本はGDP成長率が停滞・・」とピントのずれた発言をしている。

 20世紀の工業化のセンスと21世紀の知識経済のセンスの違いを次のビジネスモデルで説明してみよう。

 一つの例として,家具や調度品のレンタルビジネスを考えてみよう。結婚して子供が生まれるとベビー用品や家具調度品を一式揃えなければならない。しかし,子供が幼稚園に入る頃には,赤ちゃん用品は不要になり,今度は子供用の家具調度品が必要になる。買い替えるのはコストがかかるし,不要になった赤ちゃん用品を処分するのにも手間がかかる。親しい友人に贈呈することが多いが,不用品交換は様々なトラブルに見舞われることもある。そこで赤ちゃん用品や調度品をレンタルし,子供が成長したら回収するビジネスモデルを考える。リユース会社を設立し,回収した家具調度品を修理,改良,新機能をつけて(リノベート)新たに貸し出す。家具調度品は好みに合わせ,また住宅事情に適合するようにAIがベストチョイスを提案する。ほぼ5年ごとに家具調度品を交換し,その世代にあったものをAIが提案する。子供が成人に達し,夫婦2人の世帯になったら,簡素な家具調度品を提案し,人生の最後には回収・処分してくれる。

 このビジネスモデルは「モノを大切にする」日本的価値観に基づいている(注3)。家具調度品を廃棄せず,「作り手」の思いを大切にし,世代を超えて「使い続ける」。赤ちゃん用の家具調度品から始まって青年期,中年期,老年期と世代を経ながら使い続けていく。赤ちゃん用の家具調度品のレンタル価格は1日当たり100円のサブスク,5年レンタルで182,500円になる(何度もレンタルするので採算は取れる計算)。回収後,リノベ―トして貸し出す時は「セカンドユース」と明示し,レンタル価格は1日80円に値引きする。同様に,少年期,青年期,中年期ごとの価格設定も「セカンドユース」の場合は値引きを適用する。こうすると,世代ごとに必要な家具が手軽に揃うとともに,不要になった家具調度品を処分する必要がなく,次の世代に安く使ってもらえる。ビジネスとしては利益が少なくても,資源の節約や地球環境の保全(GX)には大きく貢献する。若い夫婦の負担軽減により,少子化対策に貢献するので政府補助の対象にしてもよい。

 このようなリユースモデルは,耐久消費財ならどの分野でも適用可能だろう。とくに,下宿生活をする学生やサラリーマン,若い夫婦,年金生活の老人世帯には役立つに違いない。「たくさん作って,たくさんゴミにする」社会が「工業化時代」の「大量生産方式」なら,リユースモデルは「少なく作って,長く使う」知的な社会である。つまり「少ない方が豊かである」(注4)。このリユースモデルを普及させたら,GDPは増えるだろうか。おそらく減るだろう。経済学者にお願いする。「量」や「増加率」ではなく,「質」や「安全性」,「地球環境の良さ」で計れる経済尺度を早く作ってほしい。さもないと,いつまでも「日本終わった」と言われてしまう。日本は「終わった」のではなく,21世紀の知識経済時代が「始まった」のである。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4102.html)

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