世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ大統領はなぜタコ“TACO”になるのか
(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)
2025.06.09
今,ウォール街で投資家や金融アナリストの間で広がっている造語が「タコ」(TACO:Trump Always Chickens Out)「トランプはいつもビビって引き下がる」である(注1)。トランプ氏は2025年1月20日の就任以来,世界を相手に関税引き上げの強硬策を行ってきた。しかし,引上げ→延期→引上げ→延期を繰り返している(注2)。そのたびに「トランプはヒビって引き下がる」(=TACO)と皮肉られる。本人はそのことを気にして「二度と言うな」と激怒する。なぜトランプは「タコ」になるのか。その理由を考察しよう。
彼の傍若無人ぶりが世界の不評を買い,アメリカが戦後に築いてきた国際信用を毀損している。関税戦争は戦後の自由経済体制を破壊し,アメリカの信頼性低下は米国債の売りを招き,それと反比例する形で長期金利の上昇を招く。貨幣や国債の価値は国の信頼性を根拠にするので,トランプ氏はアメリカの復興とは逆のことをしている。関税政策一つを取ってみても,カナダやメキシコのような近隣の最重要国にも高関税を課し,中国に対しては145%の関税を課した。各国が反発して対米関税を引き上げると,あわてて「延期」と称して関税を引き下げる。115%の関税引き下げに成功した中国では,YouTubeの配信で,「勝った,勝った」と叫びながら工場内でダンスを踊る工員の録画が放映されている。いったい,トランプ氏の関税戦争にどんな意味があるのだろうか。
トランプ氏の関税戦争を見て思うのは,トランプ氏は関税の意味が理解できているのだろうか,という疑問である。関税は観光税とは異なり,自国民が支払う税金である。外国人観光税は入国時または観光地に入場するときに「外国人」が払う。観光税は外国人も納得している(不満なら来ない)。観光地の地方政府も観光税を設備維持費や通訳やガイドのサービスに使うし,地元の住民も安価な入場料に満足している。ところが関税はそうではない。関税を支払うのは本国の輸入業者であり,税金は国税庁(歳入庁)が徴収する。その関税分の税金は消費者の価格に転嫁される。つまり,支払うのは自国民である。例えば,日本が輸入する外国産米には1㎏あたり341円の関税がかかっている。つまり関税は外国の輸入品に対して特別に課せられる消費税である。観光税は外国人が払う税金に対し,関税は自国民が支払う税金である。この区分を曖昧にしているのが「トランプ関税のマジック」である。
確かに,国内に輸入品を代替できる競合製品がある場合には関税は輸入品を排除する効果を持つ。しかし国際貿易の原理からしてその可能性は低い。なぜなら,国際貿易は,互いの国が比較優位を持つ製品をやり取りするからである。中国がアメリカから高級品を輸入し,アメリカが中国の低価格品,例えば雑貨や衣料品を輸入する。アメリカがたとえ雑貨品や衣料品を作る技術があったとしても,アメリカの賃金水準では非常に高価になり,製造する意味がない。だから基本的に競合品を作る業者はいない。これが国際分業の仕組みである。お互いの優位性を活用することで互いが利益を得るのが(ローコスト/ロープライス)「国際貿易」の原理である。お互いの繁栄のためには自由貿易,関税撤廃が原則である。こんなことは経済学の初歩である。関税をかけることは自国民に「負担増」を強いることであり,物価高騰によるインフレを助長することになる。増税で利益を得るのはアメリカ政府なのである。関税障壁を自国の産業を保護するためだという主張は増税の隠れ蓑に過ぎない。
関税は相手国に対し自国の要求を飲ませる武器になるだろうか。おそらくならないだろう。関税が10~30%程度なら対策はいくらでもある。第一に考えられるのは,自国通貨の切り下げである。30%程度の切り下げなら公定歩合を1%~2%引き下げれば可能だろう。各国が金利引き下げ競争に走ればドルは高騰し,輸出はますます困難になる。第二は,輸出する製品価格を引き下げ,その分をサービス料やコンサルタント料(関税の対象にならない費目)として上乗せし関税を安くする方法である。さらに関税が高く設定されたら,第三の方法として「迂回輸出」がある。アメリカの関税が比較的低く設定されている国,例えばカナダ,メキシコ,ベトナム,タイ,マレーシア,インドネシアなどに組み立て工場を設置し,中国から部品・原材料,コンポーネントを輸出して現地で組み立て,メードイン現地国製品として対米輸出する(注3)。
こうした「迂回輸出」を防ぐためには,友好国に対しても高率関税を課さなければならない。それはアメリカの同盟関係を弱体化させ,自由主義国の連帯を脅かす。その結果,アメリカの国債が売られ,長期金利が上昇する。売られたドルは自国通貨に戻らずゴールドに向かう。金の国際相場が上昇する。債権のプロであるベッセント財務長官が焦りだす。
経済を活性化し,株価を上昇させたいトランプ氏は金利を下げたい。しかし,関税政策は金利を上げる方向に働く。このまま高関税を続ければ物価高騰の中での経済不況,すなわちスタグフレーションが避けられなくなる。現状で必要なのは「減税」である。日本の国会で盛んに議論されている「消費税の減税」は,今まさに景気対策が必要だからである。トランプ氏の「減税」は形ばかりである。関税戦争は形を変えた「消費増税」である。トランプ氏は景気動向を見ながら関税を上げたり延期したりせざるを得ない。こうしてトランプ氏はタコ(TACO)になる。トランプ氏の「関税マジック」の脅しが通用するのは90日程度だろう。関税がアメリカの産業を守るための手段ではなく,隠れた消費税であることが景気悪化とともに明らかになる。ある日,トランプ支持層の少年が「王様は裸だ」と言う代わりに「王様はタコ(TACO)だ!」と叫ぶとき,トランプ氏の政治は転換を迎える。関税は中国製の安価な製品を消費していた貧しいトランプ支持者をもっとも効果的に痛めつける。トランプ支持層はやがて関税は形を変えた消費税であることに気づく。来年秋の中間選挙にその結果が現れるだろう。
[注]
- (1)ロイター『「そんなことは二度というな」ウォール街で広がる造語「TACO」にトランプ氏が不快感』(YHOO!ニュース,2025.6.2配信)
- (2)高橋尚太郎「だから関税→延期→関税→延期を繰り返す,強気のトランプ大統領でも決して無視できない3つの壁」(PRESIDENT Online, 2025.06.02)
- (3)中国関税総署によると,4月のASEAN向け輸出はドル建てで前年同月比21%増加した。トランプ米大統領の関税政策が背景にあることは間違いない(日本経済新聞2025年5月27日,朝刊)
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