世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4199
世界経済評論IMPACT No.4199

円ドル為替レートのリスク・プレミアムの行方

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2026.02.09

金利差と為替レートの短期的相関の変化

 2月2日付の本コラムNo.4189「上昇を続ける日本の国債利回り」でも述べましたが,2021年初から2024年末頃まで日米10年債利回り格差と円/米ドル為替レートの間には強い正相関がありました。しかし,その後日本の国債利回り上昇によって利回り格差が縮小した一方で円安に動き,両者の相関は崩れています。日銀がインフレを抑えられず,政治が財政拡張志向に向かい始めたことで円に対する信認が揺らぎ,日本の国債利回りの上昇と,円安が同時に進んだと解釈できるかもしれません。

円安方向へのリスク・プレミアムの傾き

 これも本コラムで何度かご紹介していますが(最近では2025年12月1日付の「静かな資本逃避が続く日本」),私が使っている長期的な円/米ドル為替レートの動きを説明する推計モデルに関して,説明変数にデータの改定があったことなどから再推計を行いました。被説明変数(F)を(円ドル為替レート/購買力平価為替レート)とし,購買力平価為替レートはGDPデフレーターを基準にしています。相対生産性(P)は,労働力人口1人当たり潜在GDPの相対値(米国/日本,1980年1-3月期=100)です。金利差(R)は,米国の10年物財務省証券利回りと日本の10年物国債利回りの差です。四半期データを用い,推計期間は1980年1-3月期から2026年1-3月期であり,2026年1-3月期のデータは1月30日時点です。

  • F=0.02596P+0.06476R−1.7819
  • t値:P(22.555),R(6.999),定数(−14.832) 補正済決定係数:0.734 標準誤差:0.1415

 データの出所は以下の通りです。

 

 推計結果は,以前と大きく変わっていません。このモデルによれば,2021年1-3月期時点の推計値は1米ドル=127円程度,足元で130円程度とあまり変わりません。実際の円/米ドル為替レートは1米ドル=110円前後から150円台へと動いていますが,その動きは利回り格差や経済的ファンダメンタルズの変化では説明できないようです。(実績値-推計値)/推計値という形のモデルの誤差率は,円/米ドル為替レートのリスク・プレミアムと捉えることもできます。その値は2021年1-3月期には−12.7%と,円/米ドル為替レートの実績値が推計値を下回っていました。しかし,2022年7-9月期には+16.4%とプラスに転じ,2026年1-3月期時点でも+18.9%となっています。円/米ドル為替レートのリスク・プレミアムが2021年から2022年にかけて円高方向から円安方向に転じ,その状態が今も続いていることが示され,その点では,円の信認低下は2025年より前から生じていたとも言えそうです。

高水準の米ドル実質実効為替レート

 ただ,こうした為替レートのリスク・プレミアムの円安方向への傾きがいつまでも続くとは限りませんし,リスク・プレミアムは日本だけでなく米国側の状況によっても変化するでしょう。

 広義米ドル実質実効為替レート(2006年1月=100)は2025年12月には114.77と,起点となる1973年3月以来の平均値100.96を大きく上回り,歴史的高水準にあります。一方,米国の金融勘定(資金循環勘定)によれば,中央・地方政府と社会保障基金を合算した一般政府の政府純金融負債残高のGDP比は,2025年7-9月期には104.6%と,1973年以来の平均値76.9%より高くなっています。また,米国の対外純金融資産/負債は,1990年初に資産超から負債超に転じた後,純負債のGDP比は加速度的に上昇し,2025年7-9月期には84.5%に達しています。米国の失業率が今後さらに上昇し,インフレ圧力が弱まれば,米国の景気回復にとっても,対外純負債の増大に歯止めをかける上でも,米ドル安が望ましくなるでしょう。そうした時に,相対物価,相対生産性,債券利回り格差などが大きく動かなくても,為替レートのリスク・プレミアムが米ドル安方向に傾くことで,1米ドル=130円か,それを下回るような円高,米ドル安が生じることも,数年タームでは十分考えられます。物価高に悩む日本経済・社会にとっても,望ましいようにも思います。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4199.html)

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