世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
株式上場への企業の戦略的意思決定:株式市場がもたらす所与としての上場リスク
(愛知学院大学 客員教授)
2026.02.09
上場リスクはIPOを進めようとする時点から顕在化する。そして上場後にまで引き続くことも少なくない。そのことが,企業が非上場化をする,上場を回避するという理由なのであろうか,長期経営戦略志向への回帰,企業の自由度回復は本音なのだろうか。そして上場リスクは企業価値毀損へと導くのだろうか。
株式市場は,審査が通れば赤字でも上場は可能である。グロース市場上場では赤字でも成長企業として認められれば上場できる。2019年のIPOでは赤字上場企業が極端に多くなったとして話題となったことがある(ビジネス法務,2020.5)。IPOでは赤字企業が2割と報じられていた。ただし上場後に黒字化する企業数はせいぜい5割というのが株式市場関係者の一般的な見方である。上場企業全体を見渡しても,黒字法人率は39%だそうである(令和5年度)。企業の目的が利潤の追求のみではないにしても,上場メリットと言われている資金調達力,知名度の向上をもってしても,上場後も赤字が続き,上場廃止となる場合も少なくない。そうした企業は長期経営戦略どころではなく,短期に上場リスクが顕在化し,上場廃止となるのである。
既述したように,企業が上場維持をするための実務負担は重いようである。前掲書では法令・ガバナンス上の多くの実務的課題が示されている。それらは内部管理体制の構築と運用に関わるものが多い。企業側の実力不足で上場申請をしても承認されない場合もある。
一方で,証券取引所や引き受け証券会社への企業側の不満は少なくない。前者は,定期にヒアリングを実施しているが,直接にその内容は公開されていない。証券会社への苦情は,二次資料ではあるが,JPX(東京証券取引所)が公表する「上場会社向けアンケート」および「コーポレート・ガバナンス白書」等がある。両者を見比べると,企業がいったい何に不満を持ち,実際にどう反応しているかが理解できる。
株式市場が上場することと引き換えに企業へ要求される経営課題自体が,企業側にとっては株式市場への不満として顕在化しているようである。企業が要求されている課題について,JPXアンケートでは,企業は課題として回答しているが,実際にはそれらは株式市場制度への不満であると読み替えができる。
企業が株式市場に対して抱いている不満は,大きく①市場制度そのものへの不満,②証券会社への不満,③投資家との関係への不満に集約される。紙面の関係で,詳細は記述できないが,企業の不満は,制度負担と株式市場の理解不足である。そうした不満を整理すると,企業の不満は次のように分類できる。①株式市場制度への不満としては開示負担,区分基準や適時開示の極端な厳格さであり,②投資家への不満としては経営への理解不足,短期志向や対話不足であり,③証券会社への不満としてはIPO支援不足やアナリスト不足,④株価形成への不満としては株価が企業価値を反映しない,⑤上場維持コストへの不満としては高コストとオーバーロード,⑥ガバナンス要求への不満としては要求水準の急激な上昇などである。
例えば,企業の課題とされている「取締役会における精緻な検討がなかなか進まない」は,市場が要求するガバナンス水準が急激に上昇していることへの不満であり,「資本コストの把握はなかなか難しい」は市場が求める経営指標が多岐かつ複雑で,なにに対応すべきかが明確に判断できないという不満である。また「事業ポートフォリオ見直し要求が一方的でしかも強い」は株主要求が性急かつ短期志向で企業の長期方針と親和しないものであり,「政策保有株の縮減圧力」は業界慣行を無視した一律の要求という不満である。また「上場維持コストが高い」には負担コストの割には市場サポートが不十分であてにならない,企業側の負担ばかり増えて,メリットが実感できないという不満になる。
こうしてみると,株式市場制度に基づく企業側への要求は所与としての上場リスクとして機能するのである。そのことに誘発され,非上場化と上場回避という現象が顕在化するのではないか。とりわけ赤字企業にとっては,上場維持と経営黒字化は二重負荷になるであろう。企業側が非上場化して手に入れたいとする長期経営志向とフリーハンドは,株式市場制度がもたらすリスクによってもたらされているということに言い換えることができるのであるまいか。筆者は,本論を進めるためには具体的な企業事例を探索する必要性を感じている。
[参考文献]
- 『ビジネス法務』中央経済社刊 2020年5月号(第20巻第5号)。
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