世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
メタネーションの社会実装時点の逆転:革新技術が既存技術を追い抜く
(国際大学 学長)
2025.12.29
日本ガス協会が2025年6月に発表した新しい長期ビジョン「ガスビジョン2050」は,2050年のカーボンニュートラル実現時点における都市ガス供給の内訳について,eメタン(水素ないしグリーン電力と二酸化炭素とから生成する合成メタン)とバイオガスで50〜90%,天然ガスとCCUS(二酸化炭素回収・利用,貯留)やクレジット等との組み合わせで10〜50%という見通しを示した。同協会が2020年11月に示した旧長期ビジョン「カーボンニュートラルチャレンジ2050」では,その見通しをeメタン90%,水素直接利用5%,バイオガス等5%としていたから,新長期ビジョンでは,eメタンの位置づけが後退したと言える。
ただし,それでも,カーボンニュートラルをめざす都市ガス業界の中心的な施策がeメタンを作るメタネーションであることには,変わりがない。この点は,日本政府も日本ガス協会も,繰り返し確認している。
メタネーションの方法は,大きく二つに大別される。既存技術のサバティエ反応によるものと,それとは異なる革新的技術によるものとである。
サバティエ反応は,水素と二酸化炭素(CO2)から触媒を介して合成メタンを生成するプロセスであり,CO2+4H2→CH4+2H2Oという化学式で表わされる。東京ガス・東邦ガスと大阪ガスが,それぞれアメリカでこの反応を使った大型化プロジェクトの実現に取り組んできた。
一方,革新的メタネーション技術については,日本国内で大阪ガスと東京ガスが,別々のアプローチで開発を進めている。大阪ガスはSOEC(固体酸化物形電気分解セル)メタネーションを,東京ガスはハイブリッドサバティエとPEM(固体高分子膜)CO2還元という二つの方式による革新的メタネーションを,それぞれ開発中である。両社の革新的メタネーション技術に共通する最大の特徴は,水素とCO2を使うサバティエ反応とは異なり,水とCO2からeメタンを合成するため,外部水素の調達が不要になる点に求めることができる。
既存技術によって作られるeメタンのオフテーカー(引き取り手)としては,都市ガス事業者自身や都市ガス事業者を含む発電事業者などが考えられる。いずれも大口需要であるため,eメタンの大量供給が必要となり,メタネーションに関する投資も大規模化する。
都市ガス事業者や発電事業者は「強力なオフテーカー」であるが,一つ,大きな問題がある。それは,彼らがeメタンを社会実装するタイミングが遅いという問題である。例えば,都市ガス事業者のケースを見ておこう。
現在,都市ガス事業者が供給するガスの標準熱量は,1㎥当たり45MJ(メガジュール)である。供給対象をeメタンに転換すると,標準熱量は1㎥当たり40MJにまで低下する。この熱量低減を段階的に行うと,熱量調整コストが,そのたびにかかり,最終的に膨らんでしまう。そこで都市ガス業界は,ある時期に,一挙に熱量低減を実施するわけであるが,今のところ,その時期は,204〜50年と想定されている(資源エネルギー庁「2050年に向けたガス事業の在り方研究会中間とりまとめ」,2021年4月,52頁参照)。2045〜50年では,20年以上も先のことなのである。
発電事業者の場合も同様である。現時点で将来eメタン発電を導入すると明確に表明しているのは大阪ガスだけであるが,同社が姫路天然ガス発電所でeメタン発電を本格的に開始するのは,2040年代のことだという。やはり,15年以上も先のことなのである。
これに対して,革新的メタネーション技術で作るeメタンの場合には,もちろん大口のオフテーカーも想定できるが,小口のオフテーカーも重要な意味をもつ点に特徴がある。小口のオフテーカーとなるのは,日本に数多く存在する自動車や家電などの部品メーカーである。
現在,わが国の製造業の世界では,「サプライチェーンのカーボンフリー化」の必要性が徐々に高まっている。その背景には,ヨーロッパ等でのカーボンフットプリント(CFP)規制の高まりがある。CO2を排出して製造した部品を使う製品(自動車や家電など)の販売が,難しくなりつつある。そのため,GAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)やソニー,やがてはトヨタなどが,CO2を排出する工場からは部品を受け取らない時代が,まもなくやってくることになろう。部品メーカーにとっては,工場で排出されるCO2を回収し,オンサイト(工場内)ないし地域でメタネーションを行ってカーボンフリー化したうえで工場で再利用することが,生き残るための不可欠の条件となる。メーカーにとって水素なしにメタネーションを実施することが焦眉の課題となるが,この要請にぴたりと応えるのが,水とCO2からeメタンを合成し,外部水素を必要としない革新的メタネーション技術なのである。
個々の部品工場での革新的メタネーションの規模はそれほど大きくなく,投資額も抑制される。そうであれば,比較的早期に社会実装することも可能となる。
これまでのメタネーションの社会実装に関する常識では,まず既存技術のサバティエ反応による方式が先行し,遅れて革新的メタネーション方式が普及するととらえられてきた。しかし,オフテーカーのニーズの緊急性を考慮に入れると,この順番は逆転することになりそうだ。「サプライチェーンのカーボンフリー化」に迫られる部品メーカーとって,サバティエ方式が本格導入される15年先,20年先を待つことはできないのである。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際経済
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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