世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
拡大する米国家計の所得・資産格差
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.09.16
中間層の所得シェアの低下
米大統領選では中間層の没落をいかに止めるかが争点の一つのようです。Fedが3年毎に行っている消費者金融調査(Survey of Consumer Finances)によれば,家計の税引き前所得の上位10%階層のシェアは,長期的に上昇傾向にあります。1992年調査では37.6%であったものが,現時点で最新の2022年調査では51.0%に上昇しました。これに対して,家計所得階層を下から見た時の20~40%階層のシェアは,同時期に7.9%から6.1%へ低下しました。40~60%階層は13.6%から10.1%へ,60~80%階層は21.6%から16.5%へと低下しました。20~80%階層合計で見れば,43.1%から32.7%へと低下しており,中間層の所得シェアの低下が顕著です。
ただ,中間層には,上位層との格差拡大への不満より,経済のグローバル化や技術革新の流れに取り残されて相対的な所得水準がさらに下がり,下位層に転落するのではないかという危機感の方が強いようです。根強いトランプ人気や移民流入の抑制を求める声は,そうした危機感を反映している面があると考えられます。
上位10%層の純資産は全体の70%超
消費者金融調査では,家計の純資産残高の階層別シェアも示されています。純資産残高上位10%階層のシェアは2022年調査では73.4%であり,上に示した所得シェア以上に上位層への集中が顕著です。高所得の人ほど貯蓄率が高い傾向があり,資産蓄積のスピードが速い上,リスク許容度も高いため,ハイリスク・ハイリターンの資産を持ちやすいことが影響していると考えられます。
ただ,上位10%階層のシェアは,1992年の67.0%から2016年には77.0%まで上がったものが,2019年,2022年の調査では若干下がっています。一方,純資産残高を下から見た時の50~90%の「中の上」の層のシェアは,1992年の29.7%から2016年には21.7%まで下がったものの,2019年には22.0%,2022年には24.0%へと上昇しています。Fedが発表している金融勘定によれば,家計全体で見ると,株式,投資信託と,確定拠出年金拠出残高や個人退職勘定を含む年金受給権の合計額が純資産残高に占める比率は,1990年代初めの30%程度から2000年代初には50%前後まで上昇しました。その後,ITバブル崩壊,リーマンショック,コロナ禍などに伴う株式などのリスク資産の価格変動に影響されながらも,現在も50%程度で推移しています。こうした株式,投資信託,年金勘定など形でリスク資産を持つ傾向が,資産残高の上位層から中の上の層にも拡がっていると見られます。また,中の上の層の中には住宅ローン等の負債を抱えている家計も多く,その分,純資産に占めるリスク資産の比率が高くなっている考えられます。そのため,近年のリスク資産の価格上昇によって純資産額が上位層以上に押し上げられた可能性があります。裏を返せば,中の上の層のバランスシートは,株式,不動産などのリスク資産の価格変動に対して脆弱になっているようでもあります。
取り残される下位50%階層
一方,純資産残高下位50%階層の純資産残高シェアは,1995年の3.6%から2013年の1.1%まで下がった後,若干回復したものの2022年には2.2%に留まっています。つまり,上位50%階層に97.8%の純資産が集まっていることになります。上位層への資産の集中に加えて,中間層が純資産の保有者と非保有者の二つに分裂しているとも言えそうです。
NISAやiDeCoなどの家計の資産形成を促す制度の拡充を通じて,家計のリスク資産保有比率を高めようとしている日本でも,幅広い層への金融教育や,税制を通じた所得再分配,公的年金などの社会保障の充実を並行して進めなければ,資産格差の拡大を招いたり,家計のバランスシートが資産価格の変動に対して脆弱なものになったりする懸念があります。
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