世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
物価と賃金の好循環は実現しない
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.07.08
消費者物価の上昇に追いつかない賃金
政府,日銀は年率2%程度の緩やかな物価上昇に対して賃金が物価を上回って上昇する姿を,物価と賃金の好循環として,経済政策上の目標としています。
しかし,実際には消費者物価の上昇に対して賃金の伸びが追い付かず,2022年から実質賃金の減少傾向が続いています。毎月勤労統計によれば,労働者1人当たりの現金給与総額は,4月には前年同月比+1.6%でした。一方,持家の帰属家賃を除く消費者物価総合は,4月には前年同月比+2.8%,5月は+3.3%と現金給与総額の伸びを上回っています。
ただ,消費者物価の基調を示す加重中央値は,5月には前年同月比+1.3%と,7か月連続で2%を下回る伸びに留まっています。円安などによる物価上昇圧力が一巡すれば,加重平均値である消費者物価総合の上昇率は加重中央値に鞘寄せされて低下し,実質賃金の低下に歯止めがかかるかもしれません。
実質可処分所得の減少と貯蓄率の低下
GDP統計に基づく家計の実質可処分所得は,コロナ禍初期に政府からの給付金により一時的に急増した後,実質賃金の低下に伴って減少傾向が続いてきました。昨年10-12月期には前期比年率換−1.5%,前年同期比−3.4%となりました(1-3月期分は7月中下旬発表の見込み)。上で述べたように,実質賃金の低下に歯止めがかかれば,6月から始まった所得・住民税の減税と相まって実質家計可処分所得が増加に転じる可能性があります。
一方,実質家計最終消費支出はコロナ禍による落込みからある程度回復した後,実質所得の減少に伴い,2023年4-6月期から4四半期連続で減少しています。今年1-3月期には前期比年率換算−3.0%,前年同期比−1.9%でした。ただ,実質消費の減少が実質所得の減少に追いつかず,家計貯蓄率は2023年7-9月期,10-12月期にはマイナスに下落しました。物価上昇に対する節約志向の高まりや,新NISA導入などで資産形成への意識が刺激されたことから,今後,貯蓄率は上昇に転じ,実質可処分所得が多少増加したとしても,実質最終消費支出の減少が続きそうです。
再びマイナスに転じたGDPギャップ
内閣府の推計によれば,GDPギャップはコロナ禍による落込みから回復して2023年4-6月期には一旦プラス(=需要超過)となりましたが,その後再びマイナス(=供給超過)に転じ,今年1-3月期は−1.0%となりました。家計最終消費支出の減少が続けば,GDPギャップのマイナス幅は拡大し,供給超過,需要不足状態が強まるでしょう。そうなれば,企業がさらに財・サービスの国内価格や賃金を引上げることは難しくなります。
今後,実質賃金や実質家計可処分所得が上向いたとしても一時的なものに留まり,物価と賃金の好循環は実現せず,両者の上昇率は共に鈍化することが予想されます。
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