世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3419
世界経済評論IMPACT No.3419

財政政策に依存する米国経済

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.05.20

家計,企業は貯蓄余剰状態

 金融市場では米国の金融政策の行方に注目が集まっていますが,実際には金融政策より財政政策の方が,米国経済の行方を大きく左右しそうです。

 米国のGDP統計から,部門別の貯蓄・投資バランスを取ると,2023年10-12月期の時点で家計はGDP比1.7%,企業は2.8%の貯蓄余剰(資本移転を除く)であり,支出が所得を下回っている状態です。一方,中央・地方政府,社会保障基金の合計である一般政府の財政収支(資本移転を除く)のGDP比は,−7.3%と景気後退期や回復初期ではない時期としては歴史的に見て大幅な赤字となっています。この点では,財政政策が米国経済を下支えしていると言えます。

コロナ禍前を下回る個人貯蓄率

 GDP統計から取った経常移転受取と所得税支払の前の個人所得は,実質ベースでコロナ禍前のトレンドの延長線を下回っています。物価上昇が家計の実質的な所得環境に与えた影響がうかがわれます。一方,実質個人消費支出は,コロナ禍前トレンドの延長線上に戻っています。コロナ禍対策の家計への給付金が,当初,大部分は貯蓄されたものの,次第に支出に回ったことが消費支出の伸びを支えてきたようです。ただ,個人貯蓄率は3月には3.2%とコロナ禍前の7%程度を大きく下回る水準まで下がっています。貯蓄取崩しによる個人消費支出の増大には限界が見えてきており,今後の鈍化が予想されます。コロナ禍後の財政刺激策の効果が薄れつつあると言えます。

 もっとも,足元では個人消費支出が鈍化した方がインフレ率が下がってFedは利下げに動きやすくなりそうです。景気後退を回避するために,再度財政刺激策を打つ余地が生まれるとも考えられます。

家計債務のGDP比は低下傾向

 ただ,米国経済が財政政策に依存する状況は,短期的なものではないことには注意が必要です。家計(家計向け民間非営利団体を含む)の債務のGDP比は,2000年代後半まで上昇傾向が続き,2008年1-3月期には98.2%に達しました。しかし,2008,9年の景気後退を契機に低下に転じ,2023年10-12月期には46.7%まで下がっています。

 従来,米国では,ローンを組んで住宅や耐久消費財を購入する傾向が強かったと見られます。しかし,2000年代後半の住宅バブルの崩壊を経て,負債を減らし,金融資産の蓄積に努める人が増えているようです。それに伴って家計の貯蓄余剰傾向が強くなった分,米国経済全体としては需要不足になりやすくなり,それに対処しようとして政府は大幅な財政赤字を続けてきました。一般政府財政収支のGDP比は,1991年4-6月期~2001年1-3月期の景気回復期の平均−3.8%,2002年1-3月期~2007年10-12月期の回復期の平均−4.9%から,2009年7-9月期~2020年1-3月期の回復期には平均-7.4%に拡大しました。2020年7-9月期以来の現在の回復局面では-8.6%です。大幅な財政赤字が続いてきた結果,金融勘定から取れる一般政府債務のGDP比は大きく上昇しました。景気後退直前時点で比較すると,2001年1-3月期の51.1%から,2007年10-12月期には61.3%,2020年1-3月期には104.2%へと上昇しました。直近の2023年10-12月期には117.1%となっています。景気後退期ではない平時に,大幅な財政赤字と政府債務の増大を黙認しながら財政政策で経済を下支えすることをいつまで続けるべきでしょうか。何がきっかけに続けられなくなるのでしょうか。続けられなくなった時にどう対処すべきでしょうか。このまま景気後退になってしまった時にさらなる財政刺激策を打つことができるのでしょうか。今後の財政政策の運営は,金融政策よりはるかに難しい問題です。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3419.html)

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