世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3265
世界経済評論IMPACT No.3265

国際経験とマイクロ・ファウンデーション

竹之内秀行

(上智大学経済学部 教授)

2024.01.22

 2023年の年末に,とある外資系ベンチャー企業の日本子会社CEOとお話をする機会があった。この外資系ベンチャー企業が日本へ進出してきたのは,2023年の初頭であり,まもなく1年を迎えるとのことであった。その1年についてお話する中で,多くの貴重な示唆をいただいた。しかし,それと同時に,CEOが多くの課題に直面してきたことも伝わってきた。その課題は多岐にわたっており,そもそも所在地をどこにするかという課題であったり,日本語を話すことができ日本市場に精通する社員をいかに採用するかという課題であったり,販売チャネルをどのように開拓するかという課題などであった。これらは,ある面において,外国企業は直面するものの,国内企業は直面しない課題である。古くは,Hymer(1960)が主張したように,今なお外国企業は,進出国市場において受入国企業と異なる問題に対処する必要があり,そのことは外国企業を不利な立場に置くようである。

 こうした「外国企業であることの不利」へ対処する方法の1つとして,国際経験の蓄積がある。国際経験を重ねることで,現地市場における不慣れさを克服するのである。Shaver, Michell and Yeung(1997)は,外資系企業の対米直接投資を対象として,外資系企業の5年生存率について実証研究を行っている。彼らは,2つの重要な発見をしている。第1に,米国での事業経験のない企業の生存率が最も低く,その生存率は69%であった。第2に,米国において当該産業での事業経験を有する企業の生存率が最も高く,生存率は87%であった。この2つの発見事実は,外国企業は受入国において事業経験を重ねることを通じて「外国企業であることの不利」の一部に対処できること,を示唆している。

 こうした企業の国際経験に対して,国際ビジネス分野の研究者は2つの側面からアプローチを試みている。1つは,国際経験の利用へ焦点を当てた研究である。国際経験を蓄積と利用の2つの段階に分解し,国際経験の利用へ注目する研究である。もう1つは,国際経験のマイクロ・ファウンデーションへの注目である。国際経験について,企業レベルではなく個人レベルやグループレベルで接近することによって,解像度を高めようという試みである。確かに,言われてみると,企業が経験を積んだり経験を利用するといっても,ピンとこない。実際に経験を積み利用するのは,個人やグループである。そこで,グループレベルにおける国際経験の活用プロセスに注目したSpadafora, Giachetti, and Kumodzie-Dussey(2022)を見てみよう。

 Spadafora et al.(2022)は,国際経験を利用するグループとして,取締役会へ注目した。そのうえで,取締役会における「国際経験の解釈と評価」が,企業の国際経験と立地選択の模倣の関係へ及ぼす影響を検討している。企業は国際経験を重ねるにつれて,他企業の立地選択を模倣する傾向は低下するが,その傾向は取締役会がどのように国際経験を解釈・評価するかによって異なる,と考えたのである。こうした問題意識に基づいて,彼らは,2005年~2009年におけるイタリアのセラミック・タイルメーカー58社の立地選択の模倣行動について,実証研究を行った。その結果,次の2つの発見事実を得ている。第1に,国際経験を積むほど,他社の立地選択を模倣する傾向が低下することが分かった。第2に,国際経験と立地選択の模倣の関係は,取締役会のターンオーバー率と取締役会の年齢によって異なることが分かった。すなわち,①取締役会のターンオーバー率が低い企業ほど,国際経験を積むことで他社の立地選択を模倣する傾向が低下する,②取締役の年齢が低い企業ほど,国際経験を積むことで他社の立地選択を模倣する傾向が低下する,ことが分かったのである。

 これらの発見事実は,すべの企業が国際経験から同じように学習するわけではなく,むしろ国際経験からの学習は意図的な解釈・評価のプロセスである,ことを示唆している。つまり,重要なのは,国際経験の蓄積だけではなく,自らの国際経験を振り返り,国際経験を意味づけし,国際経験に基づいて行動する動機と能力なのである。

 今後,マイクロ・ファウンデーションのレベルから企業の海外展開や行動へ接近することの重要性が一層高まっていくであろう。

[参考文献]
  • Hymer, S. (1960) The international operations of national firms: A study of direct investment, Cambridge, MA: MIT Press.
  • Shaver, J. M., Mitchell, W. and Yeung, B. (1997) "The Effects of Own-Firm and Other-Firm Experience on Foreign Direct Investment Survival in the United States, 1987-92," Strategic Management Journal, 18(10), pp.811-824.
  • Spadafora, E, and Giachetti, C. (2022) "International experience and imitation of location choices: The role of experience interpretation and assessment and its board-level micro-foundations," Global Strategy Journal, 13(1), pp.1-36.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3265.html)

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