世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
加賀屋の台湾進出から考える
(上智大学経済学部 教授)
2020.09.21
石川県能登半島の和倉温泉に,創業100年を超える老舗旅館「加賀屋」がある。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」において,2020年の総合順位1位の評価を受ける日本を代表する旅館である。その加賀屋が台湾へ進出したのは,2010年の年末である。まもなく10年を迎えることになる。
加賀屋は,ホテルではなく旅館であり,日本的色合いの強い業態である。また,その「おもてなしサービス」は高く評価されている。このように考えると,日本とはコンテクストの異なる海外への進出において,加賀屋はさまざまな課題に直面したはずである。そこで,加賀屋の台湾進出について,特に「おもてなしサービス」の移転に注目しながら,その示唆をいくつか考えてみたい。
第1に,加賀屋は,台湾進出にあたって,旅館の建物,室内装飾,設備,お皿,食材などの移転を行っている。数寄屋造りの客室,九谷焼の食器,刺身用の魚などは,その代表であろう。つまり,ハードウェアが日本から移転されたのである。至極当然のことであるが,「おもてなしサービス」は,サービスのみで成立するわけではない。それを取り囲むハードウェアと合わさることで,そのサービスは際立つのである。そう考えれば,こうしたハードウェアを積極的に移転することが,おもてなしサービスの移転の負荷を軽減する役割を果たしていると考えられるだろう。
第2に,加賀屋は,「型」を通じて「おもてなしサービス」の移転を進めた。加賀屋の競争優位の1つとも言える「おもてなしサービス」は,その暗黙性や日本文化との結びつきゆえに,海外へ移転することは容易ではない。そのため,ややもすると,その考え方や価値観そのものを移転することに重きが置かれるかもしれない。しかし,加賀屋では,正座や所作など,まず「型」の移転を行った。見よう見まねとも言える「型」の移転からスタートしたのである。しかし,話はここでは終わらない。この「型」を通じた移転が,もう1つの重要な機能を果たしているのである。受け手は,「型」の意味を問うのである。なぜ正座をするのだろうか。なぜお辞儀をするのだろうか。このように疑問を抱けば,そのことを尋ねる。つまり,「型」を通じて「なぜ」を提起することで,コミュニケーションが促進されるのである。そして,そのことが「おもてなしサービス」の根底にある価値観や理念の移転が促進するのである。こう考えると,いつ,どこで,どのように移転を行うかが,移転のスピードへ重要な影響を及ぼしているかもしれない。
第3に,粘り強く,時間をかけながら,「おもてなしサービス」の移転に取り組んだ。時には座学での研修や日本研修を行うこともあれば,クレドや客室係の技能検定や学習発展パスポートなどの仕組みを構築することを通じて,「おもてなしサービス」の移転を進めた。こうした複数の仕組みの存在は,「おもてなしサービス」のような暗黙のサービスを移転するには,近道を求めず,時間を掛けながら,じっくり取り組むことが重要である,ことを示唆している。
本稿では,加賀屋の台湾進出における「おもてなしサービス」の移転についてみてきたが,加賀屋のさまざまな試みは,今後海外進出を行う企業にとっても有益な示唆を提供してくれるであろう。[参考文献]
- 伊丹敬之ほか(2017)『サービスイノベーションの海外展開』東洋経済新報社。
- 桑名義晴ほか(2019)『ケーススタディ グローバルHRM』中央経済社。
- Jensen, R. J. and Szulanski, G. (2007) ‘Template Use and Effectiveness of Knowledge Transfer’, Management Science, 53(11): 1716-1730.
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