世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3187
世界経済評論IMPACT No.3187

地域都市ガス事業者とカーボンニュートラル

橘川武郎

(国際大学 学長)

2023.11.13

 資源エネルギー庁は,都市ガス小売全面自由化から4年経過した2021年3月末時点の調査を最後に,都市ガス小売の地域別のスイッチング比率の発表を取りやめた。結局,最後の最後まで,北海道,東北,中国・四国地方については,スイッチング比率の数値が立つことはなかった。これは,事実上,スイッチング比率がゼロであったことを意味する。中部・北陸地方については,16.0%という数字が示されたが,これは中部と北陸を一括したため算出された数値であって,北陸地方のみを取り出した場合には,スイッチング比率はゼロに近い水準になっただろうと推定される。要するに北海道,東北,中国・四国,そして北陸では,21年3月末の時点で,都市ガス小売全面自由化から4年を経過したにもかかわらず,競争らしい競争は起きていなかったことになる。

 それらの地域で競争が起きなかったのは,地元の有力ガス会社が電力会社の「逆襲」をおそれて,16年の電力小売全面自由化にもかかわらず,電力市場への参入に消極的な姿勢をとったからだ。このガス会社の「忖度」を受けて,当該地域の電力会社もガス市場への参入を控えた。その結果が,都市ガスのスイッチング率が「数値なし」という怪現象になったわけである。

 しかし,たった1箇所だが,まったくの例外が存在した。北海道だ。北海道では,北海道ガスが果敢に電力市場に攻め込み,北海道電力からの電力のスイッチングに成果をあげた。これに対し北海道電力は,当初,有効な「反撃」を加えることができず,都市ガス市場にすぐには参入できなかったため,21年3月末の時点では北海道の都市ガスのスイッチング比率が計上されなかった(その後,北海道電力は反撃を開始したため,現時点では,北海道でも都市ガスのスイッチング比率の数値が立つようになっている)。同じ「数値なし」でも,北海道と東北,北陸,中国・四国とでは,事情が異なったのである。

 ここで問題にしたいのは,一部の地域都市ガス会社が,電力小売全面自由化で生まれたビジネスチャンスに対して消極的な姿勢をとったことである。このような姿勢は,都市ガス会社自身に機会損失をもたらすだけでなく,地元の需要家に対しても,エネルギー会社を選択する機会を狭めるという意味で,損失を与える。

 筆者が懸念するのは,地域都市ガス会社による機会の逸失が,電力自由化についてだけでなく,カーボンニュートラルへの対応についても繰り返されることである。

 現在,都市ガス業界におけるカーボンニュートラルへの主要な対応策は,二酸化炭素(CO2)と水素から合成メタン(e-methane)を生成するメタネーションである。ただし,このメタネーションの開発には多額の資金や豊富な人材が必要となるため,事実上,東京ガス・大阪ガス・東邦ガスのような大手しか,それに取り組むことができない。現在,日本には200近い都市ガス事業者が存在するが,その大半を占める中小規模の地域都市ガス事業者は,カーボンニュートラルを実現するには,一見したところ,大手都市ガス会社のメタネーション開発の成果を「待つ」しか打ち手がないように見える。しかし,本当にそうなのだろうか。

 大規模なメタネーションの実施をめざす大手都市ガス会社は,原料のグリーン水素の製造コストを抑制するため,グリーン電力の価格が安い海外でのe-methane製造を考えている。しかし,それが実現するには,かなりの時間がかかる。

 このような状況下で想起すべきは,23年9月19日に本欄で発信した「バイオメタン・バイオメタネーション・メタネーション」で書いたように,小規模ではあるが,バイオガスを使うことによってカーボンフリー化やe-methane製造が可能なことである。また,23年10月16日に本欄で発表した「国内でメタネーションに取り組む意義」で述べたように,日本全国の製造業事業者にとっては,サプライチェーンのカーボンフリー化が進むなかで,CO2を排出する工場で製造した部材は大手組立会社に納入することができないという事態が生まれつつあるため,工場で排出するCO2を回収し,近場で水素と合成してe-methaneを作るオンサイトメタネーションないし地域メタネーションの実現が,喫緊の課題となっている。大手ガス会社の海外での大規模メタネーションの開始を,待ってはいられないのである。

 このように考えれば,地域都市ガス会社が,カーボンニュートラル実現のために今,やるべきことはたくさんある。大手都市ガス会社の成功を待つばかりでは,いけないのである。

 筆者は,2023年の7月,ガスエネルギー新聞社が主催した「エネルギー業界のカーボンニュートラル視察ツアーin北海道」に同行した。苫小牧CCS(二酸化炭素回収・貯留)センター,石油資源開発(JAPEX)勇払ガス田関連施設,苫小牧バイオマス発電所,北海道ガス本社および同札幌発電所,石狩LNG(液化天然ガス)基地,北海道ガス石狩発電所,石狩市厚田地区マイクログリッド施設を2泊3日で見学する充実した内容のツアーであったが,同ツアーには,地域ガス会社の数多くの若手社員が参加した。このツアーには,地域ガス会社がカーボンニュートラルへ向けて手掛けるべきことへのヒントが,数々盛り込まれていた。何人かの若手社員は,「待ち」の姿勢ではなく,「踏み出す」姿勢でカーボンニュートラル実現に臨むことを決意表明した。彼らの今後の活躍に期待したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3187.html)

関連記事

橘川武郎

最新のコラム