世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
インフレ下の財政政策はどうあるべきか
(法政大学 教授)
2025.12.29
日本経済がインフレに転換したものの,それに名目賃金の伸びが追いつかない状況が続き,低所得層を中心とする家計に深刻な影響を与えている。また,内閣府が2025年11月17日発表したGDP速報値(2025年7〜9月期)では,実質GDP成長率(季節調整値)が6四半期ぶりに前期比マイナス0.4%となった。このような状況のなか,高市政権は2025年11月21日,財源の裏付けとなる2025年度補正予算17.7兆円(一般会計予算)を含め,総額で約21兆円にも及ぶ総合経済対策を閣議決定した。この対策の内訳は,「年収の壁」対策で1.2兆円,ガソリン等の旧暫定税率の廃止で1.5兆円の減税効果を見込むほか,「生活の安全保障・物価高対策」で11.7兆円,「危機管理・成長投資」で7.2兆円などになっている。
補正予算の規模は2024年度を上回るものの,補正予算後の国債発行額は2024年度を下回ることから,高市政権の掲げる「責任ある積極財政」という方針に沿ったものであるという説明もできるが,市場の反応は必ずしも一枚岩ではない。というのも,政府の拡張的な財政政策が繰り返されれば,国の財政規律に対する信認が揺らぎやすい側面もあるためだ。実際,為替市場では円安圧力が残り,国内債券市場でも長期金利に上昇圧力が生じ始めている。
さらに市場の受け止めが微妙なのは,需給ギャップ(GDPギャップ)に関する政府や日銀などの認識が一致していないことも関係する。日銀は10月3日,2025年4〜6月期の需給ギャップをマイナス0.32%と推計し,供給力が需要をわずかに上回るという評価を示した。また,内閣府は9月16日,同時期をプラス0.3%と推計し,年換算2兆円規模の需要超過とする評価をしていたが,11月26日に公表した推計では,7〜9月期の需給ギャップはマイナス0.0%で,ほぼ均衡しているとの評価に変更した。
他方,民間シンクタンクの試算では需要超過の試算も多く,もし需給が実際にタイトであるなら,日本経済はもはや供給制約に直面していることを意味し,拡張的な財政政策は物価を押し上げる効果をもたらす。インフレ下の経済では,従来の「景気が弱い時は財政を拡大すればよい」という単純な処方箋は通用しない。特に,物価上昇が家計の実質賃金を侵食し,消費を抑制する局面では,政策判断のミスは実体経済へのダメージを増幅する。
日本は長くデフレに慣れ,インフレ環境下での財政運営についての知見が十分でない。だからこそ,需給ギャップの不確実性はあるものの,政策効果の線引きを慎重に行い,優先順位をつけた財政運営が不可欠である。物価高対策は当然必要だが,影響の大きい低所得世帯など,支援対象を絞る姿勢が求められる。また,日本経済はこれから本格的な人手不足経済に突入するが,既に供給制約に直面しているなら,持続的な投資は生産性向上に直結する分野に限定するのが望ましい。
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