世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2830
世界経済評論IMPACT No.2830

鶏足がエジプトの食卓に並ぶ日:エジプトの通貨危機とインフレ

川合麻由美

(Phoenix LLC 上級コンサルタント)

2023.01.30

 記録的な外貨不足と通貨下落による通貨危機で,エジプトの物価上昇が底なしの状況になってきている。コロナ以前と比べここ2年の物価上昇は多くの企業が頭を悩ませており,また国民の食卓,生活に危機的レベルとも言えるほどの深刻な影響を及ぼしている。

 止まらぬエジプトポンド下落と24%にも達する記録的なインフレ(2022年12月)により,スーパーでの食品価格はコロナ以前の2−3倍に達している。この状況下,エジプト国立栄養研究所は「鶏足」を一番安価な肉として食べることを呼びかけ出した。2021年の鶏肉の価格は1キロあたり約30エジプトポンド(当時約210円相当)であったが,現在は70エジプトポンド(約302円相当)となっている。鶏足は,中国では食材として一般的に使用されるが,他国で料理に使われることは滅多にない。また,エジプトでは鶏足は食料というよりも動物の飼料扱いであり,最下層の人ですら食べることはほぼなく,この呼びかけは,エジプト国民の現状への不満の増幅を招いてしまっている。また,皮肉なことに,この鶏足推奨後,鶏足の価格は二倍になってしまった。

 エジプト経済は,パンデミックによるコロナ禍とウクライナ戦争の影響で外貨不足が急進し,さらに燃料価格の上昇がインフレを加速させた。ロイターによるとパンデミックにより2020年には約200億ドル(当時約2兆1352億円)相当の投資がエジプトから逃避,さらに,ウクライナ戦争によりほぼ同額の投資が撤退したとされている。約200億ドルという額は2016年以降エジプトがIMFから借入した額にほぼ等しいが,これと同額が昨年数週間の間に消えてしまったと言われている。

 ここ一年で約半値まで下落したエジプトポンドであるが,下落が始まり出した2022年の6月頃には,すでに企業経営に深刻な影を落としていた。主要原材料や物資を海外から調達している企業は,入札時に提出した価格では落札時に業務を請け負うことができなくなり,価格の再交渉をせざるを得ない状況が出始めていた。また各企業は,コロナ禍による物流の遅延に対応するため,サプライチェーンの多様化に取り組んでいたが,2022年10月から2023年1月の短期間に10ポンド下落したことからサプライチェーンの見直しも一層困難になってきた。こうした中で,革命後に隆盛した闇両替が再度復活しており,公定レートとの差は5ポンド以上のところも見受けられる。

 現下の経済情勢から企業がどのような影響を受けているか,2つの事例を紹介する。

 エジプトの初のカフェチェーンであるCilantroのインテリアデザイナ―兼エンジニアは,「Cilantroは学生などが多用するカフェであり,客単価,回転率が低いため,ターゲット層をアッパーミドルクラスに再設定すべく,内装改定に踏み切る支店をいくつか決定した」と言う。しかし,以前は容易であった内装物資の海外調達ができず,やむを得ず国内調達に変更したり,以前入手可能であったエアコンシステムが入手できない等で店舗デザインの変更を余儀なくされるなどかなりの苦戦を強いられているようである。さらに,従来使用しているコーヒー豆の必要量を確保することも困難になっている。「だからといって,豆の変更は客離れにもつながってしまうため,利益を落としながら運営せざるを得ない」と言う。

 一方,政府系プロジェクトや不動産プロジェクトに窓のサッシを納入している企業は,「通常トルコから物資を仕入れているが,通貨の下落により,プロジェクトの落札価格では利益が出ない“高額での物資調達”をせざるをえず,プロジェクトオーナーとの再交渉や度重なる価格改定を強いられている」と言う。同社は,輸入品を扱い国内で事業を行うことのリスクに直面し,サウジアラビアへの進出を決定した。

 2008年のリーマンショックの際,エジプトは現金主体の経済構造であったことから,家計への影響は限定的であった。しかし,現金一括払いが基本であった社会が,現下の通貨危機でクレジットによる分割払いに移行しはじめている。エジプトの大手投資会社が運営するフィンテックアプリvalUは,2017年に設立されたエジプトで最初のshop-on分割払いシステムで,現在消費者市場で30%のシェアを持つまでとなった。利用が承認された顧客は,valUのアプリに登録されている2500以上の店舗やサービスプロバイダーに対し分割払いが可能となる。これには電化製品のみならず,日常生活に関わる電気代,電話代,カルフールなどの大手スーパーマーケットも含まれており,エジプト経済の大きな変化をここにも見ることができる。

 エジプト政府は近隣の湾岸諸国からも財政支援を受けているが,IMFは軍所有の企業も含めた年次レポートの発行,ニューキャピタル等のメガプロジェクトのスローダウンなどを融資条件として突き付けている。国民の経済的不満を抑えることは政府にとっても重要事項で,エジプト政府はこれまでにない経済改革を迫られている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2830.html)

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