世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
サウジアラビア市場への参入:競争が熾烈化する市場で生き残るには
(在サウジアラビアPhoenix社 役員)
2025.09.15
近年,サウジアラビアは日本にとってますます身近な存在となっている。リヤド近郊で建設中の巨大エンターテインメント複合施設「Qiddiya(キディヤ)」において,2024年に人気アニメ「ドラゴンボール」をテーマにしたパーク建設のニュースが日本で報じられたことはその一例である。こうした動きを背景に,日本では石油以外のサウジ関連ニュースも取り上げられる機会が増え,同国の多面的な姿が認知されつつある。それに伴い,日本企業の間でもサウジ市場参入への関心が高まっている。
しかし実際にサウジ進出を検討する企業の中には,同国市場の特性や商慣習について誤解や過大な期待を抱いているケースが少なくない。筆者がこれまでの現場経験を通じて感じた,日本企業によるサウジ市場についての誤解と,留意すべき点を以下に整理してみたい。
サウジ市場の開放と商慣習の違い
サウジアラビア政府は,2018年に観光ビザの発給を開始し,それまで閉ざされていた市場も徐々に解放されてきた。この転換を契機に,多くの海外企業が同国へ進出し,巨大な潜在需要を背景に熾烈な競争を展開している。
その一方,日本企業は「日本ブランドへの特別扱い」を期待しがちだ。しかし,現地では日本ブランドであること以前に,具体的な提案内容や即効性のあるメリットが重視される。日本のような「まずは情報交換から」という面談文化は希薄であり,アポイント自体も日本企業だからというだけでは簡単には取れない。
さらに,サウジ国内では,日本企業は意思決定が遅く,合意形成に時間がかかるという評判が既に浸透しており,日本流の「石橋を叩いて渡る」様な慎重な商慣行に疲弊している企業が少なくない。また,サウジ企業が望むプレゼンのスタイルと,日本企業が行うプレゼンの間には大きな乖離がある。日本企業に頻繁にみられる「文字がたくさん詰まったプレゼン」は敬遠される。サウジでは視覚重視,ビジュアルに説得力があるプレゼンが好まれる。
ある日本企業は,サウジの大企業との面談時に「当社では1,500万サウジリヤル(1SAR=約39円)規模の取引をWhatsApp上で決定することもある」と告げられた。これは,サウジ市場で求められるスピード感に対応できるのかを暗に試されたものである。サウジ市場では,意思決定プロセスをいかに短縮できるかが,日本企業にとって重要な課題となっている。
日本の中小企業の誤解と課題
サウジアラビアは,もはや中小企業が「一攫千金」を狙える市場ではなくなりつつある。それにもかかわらず,日本の中小企業の中には「自社の技術は世界唯一である」と過信し,十分な競合調査を行わずに参入を試みるケースが少なくない。
筆者は,特許技術を武器に進出を目指す企業と接する機会もあるが,サウジ企業から「他国でも同様の技術がある」と指摘されても競合相手の事前調査が不十分なため,差異を説明できない場合が多い。準備不足のまま「サウジは資金が潤沢だから買ってくれるだろう」という誤った認識に基づいた戦略では成功は難しい。また,一部の日本企業は企業規模に関わらずサウジが裕福であることを理由に,他国よりも極端に高額な価格を提示する傾向がある。緊急性が高く代替のない案件では成立することもあるかもしれないが,その後,信頼を失って契約を切られるケースも目立つ。
ファイナンシャルリスクへの向き合い方の相違
日本企業にとって大きな課題の一つは,ファイナンシャルリスクに対する姿勢である。サウジではギガ・メガプロジェクトや大規模イベントが次々と展開されているが,積極的に関与できている日本企業は限定的である。その背景には,リスク許容度の差がある。エンタメ業界を例に挙げると,欧米企業が優位に立っている理由としては,リスクの取り方に通じていることが大きい。音楽業界を含む多くのイベント案件では,発注書が届く前に設営準備が始まることも珍しくなく,サウジ企業,欧米企業は見切り発車のような形で,発注書が届く前に設営や運営を始めることもある。また,支払いは最終的には必ず行われるが,数か月から年単位で遅れる場合に対応できる資金的余力,すなわち「ファイナンシャルスタミナ」を持つ企業が生き残っているのが現実だ。
JV等を含む他の事業形態,分野においては,日本企業が自らはファイナンシャルリスクを一切取らず,サウジ企業にのみ投資を求め,共に事業を行うという姿勢がみえないということも少なからず見受けられる。もっとも日本企業,特に上場企業にとっては,発注前に先行投資となる行動や支払い遅延のリスクを受け入れることは,コンプライアンス上不可能である。しかし,過度に安全志向に傾いたり,リスクを一方的に相手に転嫁するだけでは,持続的な事業の成功にはつながらない。
サウジ市場へ臨むために
サウジアラビアは,豊富な資金力と成長戦略「ビジョン2030」を背景に,世界有数のビジネスチャンスを提供している。しかし,そこで成功するためには,単なる「日本品質」への自信だけでは不十分である。重要なのは,双方がお互いの商慣習に対する最低限のリスペクトをもち,柔軟な姿勢で対応することだ。現地の商慣習に合わせた提案スタイルに徹し,リスクを適切に受け入れる覚悟とスピード感ある経営判断をもって臨むことである。そうした中で,適切な企業を見つけ中長期的な信頼関係を築き,市場に臨む必要がある。日本企業がこの姿勢を持ち得たとき,初めてサウジ市場におけるプレゼンスを確立できるのではないだろうか。
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