世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
質の向上と世界基準を目指す:2030年に向け発展するサウジの観光業
(在サウジアラビアPhoenix社 役員)
2025.12.15
大阪・関西万博が成功裏に終了した。なかでもサウジアラビア館は大盛況で,同国の魅力を強く印象づけることができた。その甲斐もあり日本からサウジへの訪問者もビジネス目的に加え,個人旅行も増加基調にあり,この傾向は持続すると見込まれる。特に,2030年はサウジ初の「リヤド万博」が開催予定であり,さらには国家成長戦略の指針である「ビジョン2030」の到達年という極めて重要な年となる。その他にも2029年には,山岳リゾート地であるトロジェナ(Trojena)でアジア冬季競技大会が,また2034年にFIFAワールドカップが開催予定であり,サウジはこれまでにない規模の観光客を迎えることになる。
COVID-19からの回復が極めて早かったサウジアラビアは,2022年以降インバウンドが安定して増加している。政府統計によれば,2022年は約1660万人であったインバウンドが2024年は約2970万人に達した。そのうち巡礼など宗教目的の訪問者数がおよそ40%強を占め,依然インバウンドの中核をなしている。しかしながら,インバウンドの成長の背景には,都市開発,文化施設の整備,「シーズン」と言われる一連のイベント(注1),リゾート開発等の観光資源の拡充がある。同時に,一般観光客向けビザ(eVisa)の導入といった入国規制の緩和や国家規模での観光プロモーションが行われ,巡礼以外の観光需要を呼び込む原動力となっている。
「ビジョン2030」で設定された観光客目標は,当初の年間1億人から1億5,000万人へと引き上げられた。その内訳は,海外観光客7000万人,国内観光客約8000万人である。SNS上では,観光客やサウジ在住の外国人による観光地,飲食店,イベントに関する情報発信が顕著に増加しており,サウジ観光が以前よりも身近なものに変貌しつつある状況がうかがえる。こうしたことから,サウジの観光産業の成長も単なる一過性のものではなく,長期的な成長軌道に乗りつつあると言えよう。
2025年10月25日,政府は観光・ツアーガイド業界に対する規制の見直しを実施した。これは,サービス品質の向上,観光客保護,観光分野におけるサウダイゼーション(注2)の推進,業界標準の確立,さらには「ビジョン2030」が掲げる観光分野の成長目標の達成を目的としたものである。
主な変更点としは,全てのツアーガイドに観光省の認可および資格認定取得を義務づけ,コンプライアンス確保を徹底すること,ツアーオペレーターに対しては政府認可を受けたガイドのみを起用する義務を課すこと,更に,全スタッフを雇用開始前に観光省の公式プラットフォームへ登録することが求められる点が挙げられる。また,罰則も強化され,観光省は主要都市において無許可で営業を行う個人・企業に対し,最大25万サウジリヤル(約6万7,000米ドル)の罰金を科すとしている。
サウジアラビアの現行ツアーガイド規制では,ライセンス取得要件として「サウジ国籍であること」が明記されている。これは,同国に宗教的・歴史的に極めて重要な遺跡や聖地が多く,文化・歴史・宗教に関する正確な知識と繊細な配慮が不可欠であることに加え,サウダイゼーション政策の一環として観光分野における国民雇用の拡大と国内人材・企業による運営の強化を図ることを狙いとしている。外国人に対する国内観光ツアーは,都市郊外,砂漠地域を含むエクスカーション(小旅行)などは,既に円滑に運営されており,実務面での対応力は着実に整いつつある。
一方,2030年に向けてサウジアラビアの観光セクターには依然として課題も少なくない。中でも,急増するホテル需要に対し,質の高い宿泊施設の供給不足が顕著である。ラグジュアリーデスティネーションとして位置づけが進むサウジでは,2025~2026年にはNobu Hotel Al KhobarやFour Seasons Resort Red Sea at Shura Islandといったハイエンドホテルの開業が予定されており,将来のホテル供給の約80%が高級,アッパーアップスケールのカテゴリーに向けられている。しかし,ホテル運営やサービスの質,細部にわたる施設整備,人材育成が需要に追いついていないのが現状である。また,比較的リーズナブルなホテルの供給も需要を満たしていない。例えば,ローカルチェーンや独立系のビジネスホテルカテゴリーに分類される四つ星ホテルでも,部屋によってはWi-Fiが不安定などの問題が多く見られる。
観光・ホスピタリティ分野での人材育成とインフラ整備の課題に対して,サウジアラビアはすでに具体的な対応策を進めつつある。2024年には,観光・ホスピタリティ教育などの分野で研修プログラムが102件実施された。また,観光省は,国際的ホスピタリティ教育機関と協力し,観光・ホスピタリティ分野のプロフェッショナル育成を目的としプログラムを提供し,業界のマネジメント層・経営層の育成など,様々な実地トレーニングの強化を通じ,サービス水準の底上げを図っている。インフラ面では,大規模都市開発に併せたホテル供給の増加,主要都市でのメトロ・バス網の整備をすることにより観光地周辺での「ラストマイル改善」が段階的に進んでいる。こうした取り組みが,観光需要の急拡大に伴う現場の負荷を吸収し,2030年に向けて同国の観光セクターを持続的に成長させる基盤となるであろう。
[注]
- (1)サウジアラビアで「シーズン」と言われるイベントは,主に観光振興と娯楽の提供を目的とした大規模な年間プログラムで,特に有名なのは,首都リヤドで開催される「リヤド・シーズン(Riyadh Season)」。「ビジョン2030」の一環として,2019年に初めて開催された。
- (2)サウジアラビア政府が推進する,民間企業における自国民雇用促進政策。「ビジョン2030」では,石油依存からの脱却と持続可能な経済発展,国民の生活の質向上を目指す柱の一つとしている。
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