世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ChatGPTが変える労働市場
(東洋大学経済学部 教授)
2023.01.23
ChatGPTブーム
ChatGPTが2022年11月30日にリリースされて以降,様々なニュースが世界を賑わせている。ChatGPTが書いた行政への申請書類が受理された,大学レベルの試験問題の正答率が高い,科学論文の要旨を専門家も見破れない,などが報じられている。
ChatGPTの性能の高さゆえに,様々な方面から賛否両論が寄せられている。ニューヨーク市は教育機関の端末やネットワークからChatGPTへのアクセスを禁止した一方で,ChatGPTを用いた一人一人にカスタマイズされた教育への試みも報道されている。機械学習分野の国際会議の中にはChatGPTを含むAI(人工知能)を使った論文執筆を禁止するところもあるが,論文執筆の補助的役割を高く評価する研究者もいる。ChatGPTとは
ChatGPTはAIの研究団体であるOpenAIが開発した文章生成AIの「GPT-3.5(Generative Pre-trained Transformer)」をもとにしたチャット型の対話アプリである。執筆時点では,OpenAIの無料アカウントを作成すれば無料で利用でき,日本語にも対応している。
ChatGPTはどのような質問にも答えようとするが,AIが答えやすいように質問を工夫する必要がある。また,どのような分野でも明確に答えられるわけではない。筆者が「鉱物のバイトウナイトの化学組成」を質問したところ,ゲームのタイトルという返事が戻ってきた(英語で質問したら化学式が返ってきたが,不完全な答えだった)。
ChatGPTは,質問の文章を単語や文節に分解して,それらの要素と関連の高い単語や文章を探し出してスコアリングするという動作を何度も繰り返し,最もスコアが高くなるものを答えとして出力している。そのような仕様のせいで,ChatGPTには「見栄えは良いが意味のない文章を作る」という問題点があることも知られており,何にでも完全に答えてくれる先生ではない。それでも文章生成AIを誰でも使えるようになったことは画期的であり,様々な使い方が提唱されている。
ChatGPTは高スキル労働も駆逐する
AIは様々な分野で用いられている。囲碁のAIは人間をはるかに超えるレベルになっており,2022年には画像生成AIのMidjourneyによる作品が人間を抑えて美術コンテストで優勝した。画像生成AIでは無料で使えるStable Diffusionが話題を集めている。AIが人間を不要にするのではないかという議論は,幅広い分野で沸き起こっている。ChatGPTについては,Pythonなどのプログラムコードも生成できることから,初級から中級のプログラマーを駆逐するとみられている。
2010年代までは,AIやロボットは低スキル労働を代替するものとして捉えられてきたが,近年は高スキル労働の代替が視野に入ってきている。例えば,DoNotPay というAI対話型の法的文書作成サービスはロボット弁護士と呼ばれている。もともとは交通違反の罰則への不服申し立てをサポートするサービスで弁護士も活用しているが,弁護士を雇う必要がないというのがサービス名の由来になっている。医療分野でもAIを併用した画像診断が始まりつつあり,将来はAIが主で人間が従になる。人間が不要になる時代も来るだろう。
ChatGPTなどのAIが労働市場に及ぼす影響を考えるには,短期と長期を分ける必要がある。AIを使いこなすにはコツが必要で,短期的には,人間にはAIがうまく作動するようにコーディネートする役割が与えられる。雇用量には大きな影響は与えないが,それでも増加する分野はなく,減少する分野ばかりだろう。
長期的には,人間はAIを補助として使う立場から,AIを操作する立場に変わり,さらに人間がAIの補助をするようになるだろう。ChatGPTが文章を出力するものであることから,文書作成やアドバイスを行う業種での代替が予想される。士業,教育関係,企画,コンサルタントなどが最も影響を受ける。AIは多数の顧客を同時にさばくが,AIの業務を監視する人間は1人で済むため,雇用は大きく減少する。カスタマーサービスなどの低スキル労働者だけでなく,マネージャークラスなどの高スキル労働者の雇用も大幅に減るだろう。多くの国では子供を増やす政策を行っているが,子供たちが大人になるころには多くの職が消えている。長期的な社会の在り方を根本的に見直す必要がある。
AIはあくまでも「道具」
自動車は人間よりも速いスピードで移動できるが,法的文書は作成できない。私たちが利用する道具には,それぞれ特定の使用目的がある。同じように,囲碁AIに法的文書は作成できず,AIもそれぞれ特定の目的に用いる道具であるにすぎない。歴史上,新しく登場した道具への敵視や打ち壊し運動がみられるが,ChatGPTのようなAIを敵視したり禁止したりするのは歴史的観点からは意味がない。道具をうまく活用する方法を考え,教えていくことが求められている。
[関連記事]
- 川野祐司「世界の適正人口は20億人」『世界経済評論IMPACT』No. 2387.
- 川野祐司「人口減少社会のすゝめ」『世界経済評論IMPACT』No. 577.
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