世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界の適正人口は20億人
(東洋大学経済学部 教授)
2022.01.10
人口増加の弊害
2010年代には世界各地で市民のデモが頻発したが,その背景には所得格差や雇用条件の悪化があるとみられている。新しい技術の導入は低スキル労働者だけでなく,中スキルや高スキルの雇用も減らそうとしている。過剰な金融緩和の影響もあるものの,都市部では住宅価格が高騰して住居を入手できない人が増えている。
2010年代末からは政府の環境対策への不満もデモの原因となった。異常気象の影響で災害が頻発してこれまで安全に住めた場所が安全ではなくなりつつあり,気候変動が引き起こす気温上昇や海面上昇によって安全な居住可能地域は減少するとみられている。海洋生物資源の枯渇は現実的な脅威と考えられており,地力の低下による農業生産性の低下も危惧されている。
人類社会が抱えるこれらの問題は近い将来解決される見込みがなく,今後も悪化していくことが確実視されている。それぞれの問題に様々な原因があるが,過剰な人口を共通要因にあげることができる。技術進歩が労働を節約するため十分な所得を得られる職は減少しつつあり,都市部では十分な居住スペースの確保が難しくなりつつある。過剰な人口が排出する大量の温室効果ガスは地球の自浄能力を超えており,資源の確保も難しくなりつつある。
マクロ経済理論では人口増加は経済成長につながるとされているが,それは増えた人々がきちんと職に就いて十分な所得を得ることができ,安全な生活を確保しつつ資源を無尽蔵に使えることが前提になっている。しかし21世紀にはそのような条件の成立は難しくなっており,今後も成立する見込みがない。人口増加策は様々な問題を悪化させるだけであり,人口の抑制が喫緊の課題となりつつある。
なぜ20億人か
本稿では世界の適正人口は20億人と考えている。いくつか試算をしてみよう。
アースオーバーシュートデイ(Earth Overshoot Day:以下,EOD)という考え方がある。地球の1年間の自浄能力を人間が何日で使い切ってしまうのか,という指標である。1970年のEODは12月30日であり,人々が排出したCO2などは地球がほぼ全て吸収できていた。EODは年々短くなる傾向にあり,1996年に10月を切り,2004年に9月,2017年に8月を切った(国別試算では,日本は5月6日と推計されている)。人間による排出は地球の自浄能力の1.7倍あり,環境の破壊を止めるためには人口を約半分に減らす必要がある。しかし,人口半減では破壊の拡大を防ぐだけであり,環境は改善しない。人口をさらに半分の20億人にすれば,十分な速度で環境が改善し始めるだろう。脱炭素化などの政策が採られているものの,例えば風力発電機の生産には建設資材が必要で世界の鉱山が環境を汚染している。根本的な対策には程遠く,人口抑制策にはかなわない。
AIなどの技術の進歩により低スキル労働を中心に約半分の職が失われるという研究があり,それによれば,人口を半減させてやっと需給が一致する。しかし,囲碁ソフトが人間を超えるには数十年は必要という予測を簡単に覆したように,技術の進歩は早い。今後は高スキル労働者の駆逐も進むことから,人口半減では不十分であり,さらに減少させなければならない。
2つの例は非常に単純な思考計算で多くの修正が必要ではあるものの,人口を現在の4分の1にまで減らさなければならないというのは,妥当な結果であるといえる。
人口減少政策の必要性
多くの国で子育て政策などの人口増加策が採られている。社会を維持していくためには次世代の育成が必要だが,生まれてきた子供たちが大人になったときには社会の状況はより悪化している。「適切な出生数」政策は安全で幸福な社会の構築に欠かせない。例えば,出産は現在では届け出制であるが,将来は許可制になるだろう。子供を持つためには経済力や教育能力を示す資格取得が義務付けられるようになり,生まれてきたすべての子供は社会全体で育成するようになるだろう。
人口減少社会に向けて最も重要なのは,マインドセットのリセットである。これまで,人口やGDPなどの増加が目標とされ,望ましいこととされてきた。しかし,社会面からも地球環境面からも「増加」マインドは問題を悪化させるものに変わっており,適切な規模についての議論が不可欠となっている。GDPのような集計量を政策目標にするのは間違っており,新しい経済指標を開発する必要がある。当面は,1人当たり民間GDPのような指標を暫定的に使うことになるだろう。
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