世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2824
世界経済評論IMPACT No.2824

WTO:増える中国の対米提訴

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2023.01.23

米国は2件,中国は7件

 バイデン大統領の時代になっても,貿易問題では米中対立が深まるばかりだ。WTO(世界貿易機関)の紛争解決では,中国が米国を訴えるケースが増えている。

 WTOでは,A国がWTOの協定に違反する貿易制限を行い,B国がその被害を受ける場合,B国はA国に対してその措置の停止を求めて提訴することができる。WTOのホームページで,WTO発足(1995年1月1日)から最近までの米中両国間の提訴件数をみると,米国の対中提訴は23件(米国の総提訴件数132件の17.4%),中国の対米提訴は17件(中国の総提訴件数25件の68.0%)で,中国の提訴は大半が米国を相手にしている。

 2018年以降に限ると,米国の対中提訴は2件だけだが,中国の対米提訴は7件と多い。これは,ほとんどがトランプ政権による対中301条,232条による追加関税の賦課が原因だが,WTOは7件のうち,やっと1件の裁定を昨年12月9日に下した。

 トランプ政権は鉄鋼,アルミニウムの輸入増大が米国の国家安全保障にかかわるとして,2018年3月,1964年通商拡大法232条を援用し,鉄鋼に25%,アルミニウムに10%の追加関税を課した。中国は,同年4月,この追加関税をGATT21条(国家安全保障例外)違反と訴えた(DS544)。WTOのパネルは提訴を受理してから4年間審議を続け,最終的に中国の主張を認め,米国に追加関税の撤廃を求めた。これが昨年12月のWTO裁定である。

 この裁定に対して,バイデン政権は即座に反対を表明し,「WTOには国家安全保障問題の管轄権はない。国家安全保障上,関税賦課が必要か否かを判断するのはWTOではなく,米国だ」と,従来からの米政府の主張を繰り返した。これについて,ニューヨークタイムズのコラムニストでもあるポール・クルーグマン(ノーベル経済学賞受賞者)は,バイデン政権の反論を支持して,同紙にこう書いている。「米国の強硬な反論は,米国が中国のような専制国家が民主主義国にもたらしている脅威を従来以上に深刻に受け止めていることを示している」,「バイデン政権の主張は正しい。WTOは重要だが,民主主義を守り,地球を救う以上に重要なものではない」(Paul Krugman, Why America is getting tough on trade, The New York Times, Dec.12, 2022)。

中国,半導体関連の輸出管理規則も提訴

 一方,バイデン政権下の議会で昨年8月9日,多額の政府補助金によって半導体産業を強化する半導体産業支援法(CHIPS and Science Act of 2020)が成立すると,バイデン政権は同10月7日,中国を念頭に米国の安全保障を守るため高度半導体製品,ソフトウエア,技術に対する輸出管理規則の強化を発表した。また,米国以外の国からの対中輸出を防ぐため,米国はEU,日本なども米国と同様に輸出管理を強化するように協議を続けている。

 中国は政府補助金の方ではなく,輸出管理の強化について,同12月12日,WTOに提訴した(DS615)。中国は,「米国の措置は正常な国際貿易秩序を破壊し,世界のサプライチェーンの安定を脅かす典型的な貿易保護主義のやり方だ。米国はゼロサム・ゲーム的思考を捨て,ハイテク製品の貿易を攪乱するのをやめよ」(ジェトロ・ビジネス短信12月16日付)と主張するが,米国が輸出管理を強化した背景は棚に上げているようだ。なお,この提訴にロシアも参加する意向と伝えられている。

 なお,中国が提訴しているわけではないが,昨年5月バイデン大統領が発表したIPEF(インド太平洋経済枠組み)構想に対して,直ちに中国政府は次のようにIPEFに対する懸念と警戒を表明している。①IPEFは米国主導で貿易ルールを作り,産業チェーンを組み替えて地域の国々と中国経済とをデカップリングさせる企てだ,②米国は経済問題を政治化,武器化,イデオロギー化し,地域の国々に米中いずれかの選択を迫っている(ジェトロ・ビジネス短信5月24日付,6月1日付)。

 対中強硬派の多い共和党が多数派となった下院は,1月10日,「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」の設置を賛成365,反対65で可決した(賛成は共和党全議員と民主党146議員)。下院からバイデン政権に対する突き上げはこれから増えることになろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2824.html)

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