世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ関税:政権への庶民の批判と失望
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.12.22
米国の有権者にとって,現在の最大の関心は経済問題。関心の度合は公民権,医療,移民,安全保障などを遥かに上回っている(9月19日付The Economist)。
トランプ大統領は4月2日の「解放記念日」に,相互関税の賦課によって外国の市場は開放され,雇用と生産が米国に勢いよく戻ってくる,国内の物価も低下すると明言した。しかし現実はそうなっていない。今年1~9月の財の輸出は前年同期比4.9%増,輸入はその約倍の8.0%増えた。その結果,財の貿易赤字は前年同期比759億ドル増の9958億ドルとなった。11月の失業率は1月の4.0%から4.6%に上昇し(注1),消費者物価上昇率(前年同月比,季調済)は4月から再び上昇し始め,11月は2.7%)となった(9月は3.0%,10月は政府閉鎖で発表なし)。12月末で期限切れとなる医療保険制度オバマケアの補助金増額が決まらなければ,医療保険料の上昇も必至である。
米国の庶民は「食料品も電気代も家賃も,何もかもが上昇している。状況が好転する兆しは見えない」と言い,「トランプ大統領は電気代を払ったことも,食料品を買ったことも一度もないのでしょう」と嘆いている(12月9日付ニューヨーク・タイムズ・NYT)。トランプ大統領の,「大統領としての職務遂行に対する支持率」は2月の47%から9月には40%に低下した。党派別に支持率をみると,共和党支持者は2月84%,9月78%,民主党支持者はそれぞれ10%,6%である(ピューリサーチ・センター,注2)。
こうした状況は,最近行われた州知事選や市長選の結果にも反映されている。11月4日に行われたバージニアとニュージャージーの州知事選では民主党候補が共和党候補を大差で破り,ニューヨーク市長選ではゾーラン・マムダニ州議会民主党議員が当選した。マムダニ新市長は34歳。来年1月に歴代最年少で就任する。初のアジア系,シーア派ムスリムの市長となる。民主党候補は,12月9日に行われたフロリダ州マイアミ市長選の決選投票でも当選した。マイアミ市長選で民主党候補の当選は実に30年振りだという(注3)。
強力なトランプ大統領の支持基盤であるMAGA(Make America Great Again)派にも亀裂が生じている。発端は,性犯罪で起訴され,拘留中に死亡した大富豪ジェフリー・エプスタインに関する膨大な文書の公開をめぐる問題。強力なトランプ支持者のジョージア州選出下院議員マージョリー・テーラー・グリーンは文書の全面公開を要求し,トランプ大統領はエプスタインとの関係が暴露される恐れから反対した。大統領はグリーン議員を裏切者と非難し,再選に立候補すれば刺客を立てると脅した。結局,グリーン議員は来年1月4日に下院議員を辞めると表明し,トランプ大統領はMAGA派議員に押し切られて,エプスタイン文書公開法に署名した。この事件を契機に,MAGA派議員にトランプ大統領から離反する動きが広がっているという。
12月14日,「スタンドバイミー」など米国屈指の映画監督ロブ・ライナー夫妻が薬物依存症の息子(32歳)に殺害された。この事件もトランプ離反に拍車をかけた。トランプ大統領は,ライナーの死は自分を攻撃した報いだとSNSに投稿し,死者を嘲る大統領の言動は,MAGA派だけでなく,多くの国民から集中砲火を浴びた。
「アフォーダビリティ」を非難するが,乏しいトランプ政権の対応
米国の現在の政治状況は,1992年の大統領選挙で,クリントン民主党候補が,イラク侵攻で勝利を収めたブッシュ共和党大統領を破った時と酷似している。その時,クリントン候補は,「問題は経済なのだ,そんなことも分からないのか!」と喝破した。
12月9日,東部ペンシルバニア州でのトランプ演説は,有権者の経済に対する懸念を払拭するために計画されたものだが,狙いははずれ,逆に大統領に対する懸念を強めるだけに終わった。安かろう悪かろうという「チープ(cheap)」ではなく,品質の良いものが手頃な価格で手に入る「アフォーダビリティ(affordability)」という言葉が最近よく言われるが,これは「生活に必要なコストが支払い可能な範囲に収まっているか」,つまり「生活が成り立つかどうか」を問う指標として重視されている(12月20日付日本版Forbes)。
トランプ大統領の90分間の演説は支離滅裂なだけでなく,「アフォーダビリティは民主党が作ったでっち上げだ」と決め付け,国民はみんなうまくやっている,あらゆる経済問題の責任は前任のバイデン大統領にある,と何回もバイデンの名を挙げて非難し続けた。トランプ第2期政権の発足からすでに1年になろうとしている時に,前任者に責任をなすりつけるのは,自分自身の非を認めることになるのだが,トランプ大統領にはそれが分からない。バンス副大統領も12月初旬の閣議で「バイデン政権の4年間に生じたすべての問題を10ヵ月間で解決するのは途方もないことだ」と言う始末である(12月8日付NYT)。
そのトランプ大統領は,ホワイトハウスのイーストウイングを取り壊して大舞踏会場造りを進めたり,SNAP(貧困家庭に対する食料品購入支援プログラム)を削減しようとしながら,豪華なハロウィーンパーティを開いたり,外交に熱を入れてノーベル平和賞の受賞を売り込んだりしている。物価上昇を抑えるために,トランプ政権がやったのは,今のところ11月13日から実施された特定農産物を相互関税の対象から除外した大統領令(11月14日付)だけだ。
11月に大統領が発表した,関税収入を財源として高額所得者を除くすべての国民に一人当たり2000ドルを給付する案は依然として実施の見通しが立っていない。12月8日,トランプ大統領は関税引き上げで中国などから報復され,その打撃を受けた農業生産者に120億ドルの支援を約束し(詳細未発表),17日夜にはホワイトハウスから生中継で,145万人の現役軍人に一人当たり1776ドル(注4)を支給し,年明けには米国史上最も大胆な住宅改革計画を発表すると述べた。
トランプ大統領は来年の中間選挙対策に必死の様相だが,大本であるトランプ関税を修正する気持ちはさらさらないようだ。
[注]
- (1)トランプ大統領が,雇用統計を不正に操作したとして,根拠もなく労働統計局長を解任したのは今年の8月4日であった。
- (2)The Economistの調査では,トランプ大統領を「支持する(プラス)」から「支持しない(マイナス)」を差し引いた純支持率は,就任直後の+1%から3月以降はマイナスを続け,11月末には−19%となった。トランプ大統領に対する支持率はレーガン大統領以降では最低を記録している。
- (3)得票率は次の通り。バージニア州知事選:Abigall Spanberger 57.6%,Winsome Earle-Sears42.2%。ニュージャージー州知事選:Mikie Sherrill 56.9,Jack Ciattarelli 42.5%。ニューヨーク市長選:Zohran Mamdani 50.8%,Andrew Cuomo 41.3%。マイアミ市長選:Eileen Higgins 59.5%,Emilio Gonzalez 40.5%。
- (4)1776年7月4日に建国された米国は,来年建国250年を迎える。
- *なお,引用した資料はすべて電子版。
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