世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
“オレンジの悪魔”旋風,台北襲来:京都橘高校吹奏楽部の台湾国慶節出演
(九州産業大学 名誉教授)
2022.10.24
国慶節の出演
10月10日,中華民国の建国記念日である国慶節(十月十日は2つの「十」(双十)のため,「双十国慶節」とも呼ばれる)の祝賀式典に京都橘高校吹奏楽部(以下,橘高校)が招待された。日台の友情を象徴する出来事となった(「橘高校小惡魔考完期末考了!錄3段影片甜喊「我愛台灣」」。
「KYOTO TACHIBANA SENIOR HIGH SCHOOL BAND京都橘高等学校」と掲げた横断幕を先頭に,橘高校マーチングバンドは総統府に向かって右側の重慶南路から入場,正面の凱達蘭大道の広場で演奏し,再び左側の重慶南路に向かって退場した。国慶節の司会者は今回の演奏のテーマを「活力満々(いっぱい)!微笑満々(いっぱい)!夢想(夢)満々(いっぱい)!」と紹介した。バンドの衣装は橘色(オレンジ色)で,エネルギシュなマーチングから,人々に「オレンジの悪魔」(中国語「橘色悪魔」)の愛称で親しまれている。余談であるが,このバンドを長年顧問として指導した田中宏幸氏は『オレンジの悪魔は教えずに育てる-やる気と可能性を120%引き出す奇跡の指導法-』(ダイヤモンド社,2021年)を出版し,注目を浴びている(今年,台湾で中国語版が翻訳出版)。
入場式に演奏された曲名は「ダウン・バイ・ザ・リバーサイド(Down by the Riverside)」であり,19世紀アメリカ南北戦争の頃から歌われている黒人霊歌で橘高校マーチングバンドのレパートリーの一つだ。マクドナルドが1960年代から1970年代にかけてこの曲の替え歌「McDonald’s Is Your Kind of Place(マクドナルドは君にぴったりの場所)」をCMソングとして使っていたことでも知られている。
2曲目は「ファンファーレ・フォ・タチバナ(Fanfare for Tachibana)」が演奏され,“小悪魔たち”は微笑みながら手を振り,来場者に挨拶をした。広場の中央に到着すると,チェコの作曲家ユリウス・フチークが1897年に作曲した吹奏楽のための行進曲「剣士の入場」を演奏し,“小悪魔たち”は編隊を組んで息と動きをぴたり合わせ,一糸乱れずに交差に進む見事な行進を見せた。大型バルブ式低温金管楽器のスーザフォンには「TACHIBANA,50TH日台友情,ALWAYS HERE」の文字が飾られ,今年は日台国交断絶50周年(=日中国交締結50周年)。国交は断絶したが,日台の友情は永遠にここにある(Always Here)との思いを示した。
フランスのシャンソン歌手エディット・ピアフの歌「愛の讃歌」を演奏した“小悪魔たち”はその後13分間にわたりダイナミックに動き回り,橘高校の看板ソング「シング・シング・シング(Sing! Sing! Sing!)」を演奏した。これは今回の出演のハイライトであり,体力がなければこなせない曲目でもある。テレビ局のアームクレーンのカメラは「双十節」を祝賀する“小悪魔たち”が形作る2つの「十」(双十)の人文字を写し出した。観礼台に座っていた蔡英文総統,頼清徳副総統と国慶節総責任者の游錫堃立法院長(一院制議会議長)は,スタンディングで拍手し,手を振って応えた。
その後,“小悪魔たち”は「スーパーマリオブラザーズ」と「グレン・ミラー・メドレー(Glenn Miller Medley)」の軽快なテンポの演奏と愛らしいコミカルな動きで退場した。観衆は拍手や手を振り,“小悪魔たち”の出演に大満足,魅了された。
圓山大飯店のフラッシュ・モブ,3つの吹奏楽部の交流演出
“小悪魔たち”の訪台翌日の10月6日朝,圓山大飯店(ザ・グランドホテル)のロビーでフラッシュ・モブが始まった。「フラッシュ・モブ」のスタートは,雑踏のホテルのなかで一人の橘高校の制服を着た“小悪魔”が,ロビーの一角に置いたバスドラムに近づき,その後,次々に“小悪魔たち”が集まり,「シング・シング・シング」を演奏した。筆者はこのYouTubeを見て,初めて“小悪魔たち”が国慶節に出演するために訪台したと知った。また,恥ずかしながら,橘高校については,何の知識もなかったので早速ネットで調べた。
同校の吹奏楽部は1961年に,全日本吹奏楽連盟理事長を務めた故・平松久司氏により創設され,既に61年の歴史を持っている。1975年には,イギリスで開催された「ハロゲイト国際ユースフィスティバル(Harrogate International Youth Festival;HIYF)」に出場。ハワイのカウアイ島への遠征パレートは1986年から2016年まで,3年に1度実施してきた。『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』(武田綾乃,宝島社文庫)は,橘高校をモデルにした漫画として知られる。2021年の第34回全日本マーチングコンテストで金賞,今年は関西大会を突破した常勝軍だ。「跳踏するマーチングバンド」とも呼ばれるアクティブな演奏は高い評価を得ており,アメリカカリフォルニア州のローズパレードに2回の出演したほか,福山雅治,安斉かれんなどの一流アーティストとも共演した。大ヒットした映画「竜とそばかすの姫」(細田守監督)に登場する吹奏楽部のモデルでもあり,劇中歌の録音でも活躍している。
6日の午後はマーチングバンドで有名な台北市立第一女子高校(以下,北一女)を訪問。9日に中正記念堂(蒋介石記念館)の「自由広場」で北一女,台中曉明女子中学・高校の吹奏楽部と交流演奏。北一女は台北市で偏差値が最も高い女子高校であり,吹奏楽部と儀仗隊の共同演出がその特徴である。台中曉明女子中学吹奏楽部は台湾における常勝軍である。2つのチームも国慶節に招待されている。7日夜には,国家音楽庁のホールで「日台友情音楽の夜」(「大地の歌」)が開催され,国家交響楽団の演奏であり,前半ステージに橘高校が招待出演した。
コロナによる防疫のため,10月13日までは入国後3日の隔離観察期間が設けられていたが,橘高校にはゲストとして隔離なしの特別措置が取られた。しかしながら,ショッピングや,観光はできないため,総統府が施設見学に招待し,蔡英文総統がサプライズ登場するなど,生徒を喜ばせた。蔡総統は自身のツイッターで「京都橘高校マーチングバンドの皆さんが総統府を見学にいらっしゃいました。私がサプライズゲストとして登場したところ,皆さんビックリしたようです」,「双十節のため,わざわざ台湾まで来てくれたことに感謝します。“オレンジの悪魔”の演出を台湾中が楽しみにしています」と書き込みされた。その夜,生徒が滞在したホテルに,蔡総統から夜食の差し入れで「タピオカミルクティー」と小籠包(シャオロンバオ)が届き,生徒たちを再び喜ばせた。
今回,台湾側から橘高校に国慶節の出演を招待すると声をかけた時,高校側は「なぜ声がかかったのか」と尋ねた。台湾側は「YouTubeで活躍を見た」との返事があった。高校側と生徒の親も,台湾の出演に行きたいとのポジティブな回答があり,生徒数88名,教職員数5名の計93名により今回の出演が実現したという。
“オレンジの悪魔”旋風の台湾襲来は,どのぐらいの影響力があったのか。YouTubeに「橘色悪魔」を入力すると,少なくとも460以上の動画がヒットする。非常に成功した「民間外交」であり,“小悪魔たち”は「民間大使」としてその役割を存分に果たした。近年の日台友情交流の成功事例の一つである。
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