世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2645
世界経済評論IMPACT No.2645

TSMCの人材戦略

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.08.22

 車載半導体の不足により世界の自動車企業が操業を停止したことで,世界最大のファウンドリーTSMC(台湾積体電路製造)が注目されるようになった。

 アメリカ政府は半導体の不足対策として,総額527億ドルを半導体製造拠点の設置,R&Dと人員育成に補助金供与する「半導体法案(CHIPS and Science ACT)」を上院と下院で通過させ,8月9日にバイデン大統領が署名,発効した(「2022年のCHIPSおよび科学法の可決」)。

 一方,経産省はTSMCを誘致のため,同社が最大株主であるJASM(ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング)に「認定特定半導体生産施設整備等計画」に該当するとして,最大助成額4760億円(2022年6月17日認定)の補助金を供与する。これを受け,TSMCはアリゾナ州と熊本県菊陽町に進出することを決め,現在,工場建設が進んでいる。

 TSMCは創業から35年が経ち,創業者で現在名誉会長の張忠謀(モリス・チャン)から世代交替が行われた。本稿はTSMCの人材戦略について考察する。

学歴別による人材構造

 2021年のTSMC年次報告(Annual Report)によると,TSMCの従業員は6万5931人(2022年2月時点)である。性別構成は男性64.8%,女性35.2%であり,平均年齢は36歳,平均勤務年数は8.6年である。職務別構成は管理職6,741名,専門技術職32,161名,助役職6,864名,技術職20,168名である。学歴別構成は博士学位4.1%,修士学位47.2%,大卒27.8%,専門学校(短大を含む)卒8.9%,高卒12.0%である。この学歴別人材構成から見ると,博士学位と修士学位の取得者を足すと51%以上になり,一つの製造企業でこのような高学歴構成は大変驚きである。

 業界の高学歴構成のため,台湾では,「一流の人材はTSMCに入社,二流の人材はエイサーとエイスースに入社,三流の人材は鴻海に入社」と言われている。

役員の学歴構造から見た人材戦略

 TSMCのホームページにある29名の役員の名前と学歴,経歴を援用し,次のようにまとめた(以下,氏名のあとの①,②,③の数字は役員リスト記載の順番)。

(1)アメリカの一流大学で博士号を取得した者が多く,最近,中堅幹部は台湾国立名門大学の「台清交成(台湾大学(莊子壽㉗),清華大学(張宗生⑮),交通大学(王英郎⑬),成功大学)」での博士号の取得者を役員に登用するようになった。29名の役員のうち,19名は博士学位(アメリカ校16名,台湾校3名),修士学位8名(アメリカ校3名,台湾校5名),学士学位2名(アメリカ校1名,台湾校1名)で構成される。

 創業者(名誉会長)の張忠謀はMIT(マサチューセッツ工科大学)で学士,修士課程修了後に就職し,テキサスインスツルメンツ(TI)に勤務時に,企業から命じられて進学し,スタンフォード大学の電機博士号を取得している。

劉徳音董事長(会長)①はカリフォルニア大学バークレー校の電機・コンピューター情報博士。魏哲家総裁②はイェール大学の電機・コンピューター・エンジニアリング博士。

 羅唯仁④はカリフォルニア大学バークレー校の固態物理・表面化学博士。米玉傑⑦はカリフォルニア大学ロサンゼルス校の電機工学博士。侯永清⑨はシラキュース大学の電機・コンピューター工学博士。張曉強⑩はデューク大学の電機工学博士。余振華⑭はジョージア工科大学の材料工学博士。吳顯揚⑯はウィスコンシン大学マディソン校の電機工学博士。曹敏⑰はスタンフォード大学の物理博士。廖德堆⑱はテキサス大学アーリントン校の材料サイエンス博士。章勳明⑳はMITの材料サイエンス工学博士。游秋山㉒はウースター・ポリテクニック・インスティテュート(WPI)の化学工学博士。何軍㉓はカリフォルニア大学サンタバーバラ校の材料サイエンス博士。葉主輝㉔はテキサス大学オースティン校の電機・コンピューター工学博士。林宏達㉕はカリフォルニア大学バークレー校の電子・コンピューター情報博士。魯立忠㉘はイェール大学の情報工学博士を取得している。

(2)博士課程修了後,IT企業の研究部門で経験を積んだ人材が入社している。大学院や他社で経験を積み,即戦力として,実力派人材を重視する社風が表れている。ベル研究所,インテル,大学研究員や工業技術研究院(ITRI)などを経て,TSMCに入社した者は29名の役員のうち22名に及ぶ。

 劉徳音董事長①は,AT&Tベル研究所で高速電子研究実験室,インテルのCMOS(相補型金属酸化膜半導体)技術の開発・製造プロセス統合マネージャーを歴任した。魏哲家総裁②はTI ,STマイクロエレクトロニクスのロジックのSRAM(読み書き可能な半導体メモリ)技術開発上級経理,チャータード・セミコンダクター(CSM)の技術上級副総経理を歴任。以下の役員の職位はいずれも「副総経理」(日本の事業本部長に相当)のため,紹介を省く。

 羅唯仁④はモトローラとゼロックスの研究員,インテルの先端技術開発本部長を歴任,1,500件の特許を獲得。米玉傑⑦は,IBMの研究職を経て,34件の特許を獲得。侯永清⑨は台湾高雄工学院副教授,ITRI電通研究所で環境設計開発部長補佐を歴任。張曉強⑩は,インテルで技術・製造副総理・回路技術テクニカルディレクターを務め,55件の特許出願。余振華⑭は,AT&Tベル研究所の研究員を歴任。総統(大統領)科学賞,IEEE EPS優秀製造技術賞を受賞,1,800件以上の特許を獲得。曹敏⑰はHP研究所,PDFソリューション社,Pericom Semiconductorに勤務。廖德堆⑱はチャータードセミコンダクター(CSM),アプライド・マテリアルズ,STマイクロエレクトロニクスなどを歴任。章勳明⑳はMITプロジェクト研究員を歴任。何軍㉓はインテルの技術・製造グループ品質・信頼性上級所長を務めた。林宏達㉕はフェイスブックの所長,モジラ・コーポレーション(Mozilla)で情報技術副総経理を務め,「Computerworld Premier 100 IT Leaders Award」を受賞。莊子壽㉗はTIの技師を務めた。徐國晉㉙はTSMCのアメリカ傘下ウエハー工場WaferTechの総経理(社長),台湾マイクロンメモリー董事長(会長)を歴任している。

(3)TSMCはITRIからスピンオフして設立された。叩き上げ組出身の役員,秦永沛⑥はITRI傘下の電子工業研究所(ERSO)からスピンオフし移籍してきた。林錦坤⑧はTSMC設立時にITRIからスピンオフした“現場叩き上げ組”の一員である。侯永清⑨はITRI電通研究所を経て入社している。

(4)TSMCの現場での貢献など。王英郎⑬は,先端技術の10nm,7nmと5nm製造技術による量産化を推進し,283件の特許を出願。余振華⑭は0.13μm銅製造プロセス技術,ウエハーの高性能コンピューティング(HPC)向けパッケージング技術CoWoS®(Chip on Wafer on Substrate),統合型扇状(InFO)半導体封止技術とシステム統合チップ(SoIC™)の関連技術を開発した。総統(大統領)科学賞,IEEE EPS優秀製造技術賞を受賞,1,800件以上の特許を出願。張宗生⑮は,ウエハー第12B工場の上級工場長などを務め,量産化の重要人物,52件の特許を出願した。

 吳顯揚⑯は,16nmと7nm技術の開発に大きな貢献。国家産業イノベーション賞,国家卓越マネジメント賞,全国卓越工程師(技師)。3nmチップ技術開発の責任者。曹敏⑰は28nm,20nmと10nmのCMOS製造技術の開発に協力。HKMG(High-K/メタルゲート)プロセス技術で28nm高機能製造技術,20nmと10nm製程技術を開発。36件の特許を出願した。

 廖永豪⑲はウエハー第5工場長,第8工場長,第15A工場長,15B工場長を担当。15A工場長時,28nm製造の量産化技術を確立した。10nm,7nmチップの量産化ができた(TSMCが世界初の7nm量産化)。

(5)文系出身者は税理士・会計士や法務経験の弁護士資格(特許侵害,国際訴訟対応),労務関係専門家,マネジメントなどを担当。紙幅の関係で詳細な紹介は省く。

アリゾナ工場と熊本工場の人事

 TSMCのアリゾナ工場の最高経営責任者兼社長は,異色の人材,リック・カシディ(Rick Cassidy)⑤だ。同氏はウェストポイント(陸軍士官学校)の教官を経て,フェアチャイルド・セミコンダクター(注1)に入社。18年間にわたり生産,品質管理,マーケティングなどの領域で経験を積んだ。後に,ナショナル・セミコンダクター軍事・航空事業部部長・理事会共同主席を歴任。

 一方,熊本工場であるJASMの代表取締役社長は,ソニーグループから移籍の堀田祐一氏が務める。またTSMCジャパンは小野寺誠氏が代表取締役社長を務める。JASMの会長職に誰就けるのかは現時点では未発表である。筆者は,徐國晉㉙副総経理の可能性が高いと見ている。同氏はアメリカ工場WaferTechの総経理(社長),台湾マイクロンメモリー董事長(会長)を歴任,海外子会社社長として経験が豊かな貴重な人材だ。あるいは新規工場を立ち上げた経験をもつ工場長の経験者の可能性もあろう。

[注]
  • (1)世界初の半導体集積回路の商業生産企業である。同社から独立した人材がインテルなどを設立した。2016年に,フェアチャイルド・セミコンダクターはオン・セミコンダクターに買収された。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2645.html)

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