世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
リズ・チェイニー副委員長の信念と予備選挙
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2022.08.15
トランプ糾弾を使命とし,落選を自認
2021年1月6日の暴徒による米国議事堂襲撃事件を調査している下院特別委員会(1.6委員会)の副委員長,リズ・チェイニー議員(56歳,2017年当選で現在3期目。以下,リズ)は,8月16日,地元オミング州の予備選挙を迎える。リズはブッシュ第43代大統領の副大統領ディック・チェイニーの長女だが,1.6委員会では,トランプ前大統領(以下,トランプ)の不法行為を厳しく追及し,トランプから敵視されている。予備選挙では,トランプが擁立した対立候補ハリエット・ヘイグマンに敗北することはほぼ間違いないようだ。
ワイオミング州は人口が少ないため,連邦下院議員は1人だが上院議員は2人いる(注1)。同州は強力な共和党地盤で,これら3人の連邦議員はすべて共和党員。リズはタカ派だが,米国の憲法と民主主義を踏みにじるトランプ大統領を許すことができず,2度目のトランプ弾劾に賛成した。映画「スター・ウォーズ」に例えると,民主党員が多数の1.6委員会で,リズはダースベイダーのトランプを懲らしめるオビワンとするとわかりやすい(注2)。
ニューヨーク・タイムズのホワイトハウス担当首席記者ピーター・ベーカーはこう書いている(注3)。リズは6月9日から始まった1.6委員会の公開公聴会を主導し,共和党員を説得して証言させた。これは民主党員にはできないことだ。トランプ大統領の最後の首席補佐官マーク・メドウズの26歳の補佐官キャシディ・ハッチンソン(注4)を説得して証言させたのもリズだ。キャシディは証言が終わるとリズとハグし,「リズは人と人を結びつける天性の能力を持っている」と讃えている。一方,トランプとその支持者はリズを反逆者呼ばわりし,トランプは自前のソーシャルメディア(Truth Social)で「リズは卑劣な人間だ。ワイオミング州の予備選で復讐してやる」と怒りをぶちまけている。
自分の再選よりも「トランプ再選阻止」が重要
リズは8月第1週に行われたCNNとのインタビューで,「もしトランプの脅威から米国憲法を守ることが下院議席を失うことを意味するのであれば,私は喜んでその犠牲を受け入れます」と明言し,「トランプが再び共和党の指名を獲得して大統領に選出されることは絶対にありません」と断言した。予備選挙が直前に迫っているのに,リズはワイオミングから1600マイル離れた首都に居座ったままで,地元で選挙運動もしていないようだ。リズのテレビ広告は対立候補を非難するでもなく,こう主張している。「246年の歴史の中でトランプほど我が国に脅威をもたらした人物はいません。トランプは嘘と暴力で前回の選挙を盗もうとしたのです」(注5)。
リズのトランプ批判は強烈だが,批判はトランプ本人だけでなく共和党にも米国民にも向けられている。7月12日の公聴会では,「トランプは76歳の老人だ。多感な子供ではない。盲人を装って責任逃れをすることは不可能だ」と述べ,この夏最後の第8回公聴会(7月21日)では,次のように国民に呼びかけている。「全ての米国民は是非考えてほしい。1月6日の暴動によって議事堂を占拠するような選択を行った者を,我が偉大な国家の権威ある地位に就けてよいのかどうかを」。
落選しても,来年1月3日までの在任中にリズがやるべきことは多い。1.6委員会の公開公聴会は当初の6回の予定が8回に増え,9月に出す予定の最終報告書は今年末にずれ込んだ。すでにリズは9月から公開公聴会を再開すると述べている。トンプソン委員長(民主党)が新型コロナに感染して欠席した7月21日の公開公聴会で,議長席に座ったリズは「ダムは決壊し始めた」(The dam has begun to break.)と述べ,トランプ政権当時の共和党関係者が9月からの公開公聴会で証言を始めると示唆している。
二度とトランプを大統領の座に就かせないという強い信念から,リズが2024年の大統領選挙に出馬するといううわさも,流れ始めた。
[注]
- (1)ワイオミング州は連邦に編入された1890年以降常に下院議員は1人だが,ワイオミング州の他に現在下院議員が1人の州はアラスカ,デラウェア,モンタナ,ノースダコタ,サウスダコタ,バーモントの6州。なお下院議員は1人でも上院議員は各州2人と定められている(憲法第1条第3節)。
- (2)Liz Cheney is the Obi-Wan to Trump’s Darth Vader, Jonathan Capehart, Columnist, The Washington Post, August 8, 2022.
- (3)Liz Cheney, Front and Center in the Jan. 6 Hearings, Pursues a Mission, Peter Baker, The New York Times, July 21, 2022.
- (4)キャシディ・ハッチンソンは第6回公聴会で衝撃的な証言を行った。その内容は後日,本コラムで紹介する予定。
- (5)最近は,父親のディックがリズを擁護し,リズへの支持を求める広告に登場している。
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