世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「郭台銘を絶対に逃がすな!」:中国が恐れる米中対立下のデカップリング
(九州産業大学 名誉教授)
2022.05.02
2021年11月25日,中国のポータルサイト「騰訊網(テンセントネットワーク)」に,暴風と黄漢城の連名の寄稿「郭台銘を絶対に逃がすな!(绝对不能让郭台铭跑了)」が掲載され,注目を浴びている。
トランプ前大統領は,中国からの輸入に対し高関税を付すことで,中国の生産拠点を東南アジアやインドに移転させることを目論んだ。現バイデン政権にも引き継がれる対中強硬政策により,中国が恐れるのはサプライチェーンのデカップリング(分断)であることがこの寄稿から見て取れる。例えば,台湾の鴻海(ホンハイ)傘下の中国法人「富士康グループ」は,最も多い時に中国では約120万人の労働者を雇用し,地方都市の税収の多くが富士康に頼っている。中国は対米貿易黒字を計上しているが,万が一,鴻海が中国から撤退した場合(既に鴻海は一部の製造拠点を中国からインド・ベトナムなどに移転している),鴻海が生み出す雇用や外貨収入が“蒸発”することを意味している。これが中国の最も恐れる事態である。
鴻海は世界最大のEMS(電子製造サービス)企業である。2016年に経営不振のシャープを鴻海傘下に取り込み,代表取締役会長に戴正呉を充て,経営再建に取り組み,僅か1年で再建に成功,2017年12月に東京証券取引所に復帰した。郭台銘は鴻海の創業者であり,2019年に台湾総統選挙で野党の国民党の予備選挙に出馬のため,鴻海の董事長(会長)を辞任したが,同じ国民党から出馬する韓国瑜に敗れ,同年9月に離党した。郭台銘は台湾最大の富豪であり,鴻海の会長を退いた後も創業者のために持株が多く,依然としては支配権を持っている。
閑話休題。先述の寄稿は,隠れた台湾の真なる実力に注目している。中国対外経済貿易統計学会が発表した「2019年対外貿易トップ500企業の純輸出額トップ10企業」のランキングは次のようである。ちなみに,純輸出額とは輸出額から輸入額を差し引いた金額である。ランキングの1位の鴻富錦精密電子(鄭州)(152億4,306万ドル),2位の達豊(上海)電脳(146億536万ドル),3位の達豊(重慶)電脳(102億9,235万ドル),4位の鴻富錦精密電子(成都)(95億7,544万ドル),5位の戴爾(Dell)貿易(昆山)(78億7,369万ドル),6位の華為終端有限(77億8,322万ドル),7位の昌碩科技(上海)(76億6,490万ドル),8位の東莞市欧珀(OPPO)精密電子(75億1,727万ドル),9位の世碩電子(昆山)(72億4,561万ドル),10位の英業達(重慶)(71億1,161万ドル)である。台湾企業は1位,2位,3位,4位,7位,9位と10位の7社を占めている。要するに,中国の外貨獲得の主役は台湾企業であることがわかる。
鴻富錦精密電子は,富士康グループ傘下の企業であり,鴻富錦精密電子(鄭州)は,アップルがiPhoneの組立を委託する工場である。鴻富錦精密電子(成都)はパソコンやタブレット端末の組立工場である。達豊電脳はノートパソコンのEMS大手企業広達グループ(クアンタ)の中国法人である。昌碩科技は和碩聯合科技(ペガトロン)の中国法人であり,もともと和碩聯合科技は華碩電腦(エイスース)のEMS受託部門で,分社化してエイスースはパソコン,タブレット端末,スマートフォンのブランド企業に,ペガトロンはEMS企業になった。英業達(インベンテック)はHP(ヒューレットパッカード),東芝(ただし現在,東芝のパソコン部門は鴻海の傘下に入った)などのパソコン,ネットブック,サーバーのEMS企業である。過去において筆者は,台湾の鴻海,広達電脳(クアンタ),仁寶電脳(コンパール),緯創資通(ウィストロン),和碩聯合科技,英業達などのEMS企業を「Made in China by Taiwan(台湾企業による中国製造)」と表現していた。
2019年における中国の企業トップ100社の輸出額では,台湾系企業が42.06%を占め,中国系企業の37.18%より多い。特に,台湾系電子企業の輸出額はこのトップ100社の輸出額の3分の1を占めている。更に,同年の中国対外貿易の輸出額トップ500社のうち,富士康グループ傘下の企業は16社がランクインしている。この16社は3位の鴻富錦精密電子(鄭州),7位の深圳富士康,11位の鴻富錦精密電子(成都),20位の富士康精密電子(太原),26位の深圳富桂精密工業,36位の深圳市裕展精密科技,66位の鴻富錦精密電子(天津),76位の鴻富錦精密電子(烟台),91位の深圳富泰宏精密工業,99位の南寧富桂精密工業,109位の鴻富錦精密工業(武漢),134位の衡陽富泰宏精密工業,224位の鴻富錦精密工業(重慶),345位の富泰京精密電子(烟台),410位の鴻富泰精密電子(烟台),455位の富士康(昆山)電脳接插件である。ここからもわかるように企業名に「鴻」や「富」の文字が入っている場合,鴻海(富士康)グループ傘下の企業である。富士康グループの輸出額は914.79億ドルに達し,全体のトップ500社の輸出額の14%を占めている。中国の外貨の最大の“稼ぎ手”は鴻海であることは言うまでのない。
2019年中国の主要都市の輸出額に占める富士康グループの輸出額の比率は次の通りである。それは鄭州81.5%,太原72.8%,衡陽49.8%,南寧34.6%,成都24.5%,烟台19.0%,深圳9.8%,武漢9.7%,天津6.1%,重慶2.3%,昆山1.2%である。先述の寄稿では「知らないうちに,富士康は中国の都市を大きく変貌させた担い手になり,中西部の都市の運命を大きく影響した」,「多くの地方都市は“富士康依存症”に罹った」と指摘している。
また,2019年中国の主要都市のGDPに占める富士康グループの輸出額の比率は,鄭州28.6%,太原18.7%,深圳11.3%,成都8.0%,烟台5.8%,衡陽5.3%,南寧5.1%,天津2.3%,昆山1.5%,武漢1.3%,重慶0.5%である。
例えば,太原市は石炭産地で著名な内陸部都市である。2003年に富士康は6つ目の生産基地を太原に決めた。投資額は17.5億ドルに達し,山西省が誘致した外資系企業では最大額である。現在,鴻富錦精密電子(太原)は7万人の従業員を雇用し,1日にスマートフォン6万台を製造している。太原の輸出額に占める富士康の輸出比率は7割に達している。
新京シンクタンクの統計データによると,2019年中国70の大中都市のうち,太原の「新世代情報技術産業企業数」は2位の14.5%であり,1位の深圳の18.4%に劣るが,西安,杭州などを凌駕している。言うまでもなく,「富士康がクシャミをすると,太原が風邪をひく」,明らかな“富士康依存症”になっている。同じことは鄭州でも言える。
鄭州も「富士康によって牽引された都市」と言っても過言ではない。10年前,人々は鄭州を「鄭州=農業県」と見ていた。富士康が鄭州に参入したあと,この農業県はアップルのiPhoneの生産基地になり,中国企業の中興精密技術(SUNRISE),創維(スカイワース),天宇,OPPOなど300数社のサプライチェーンが進出するようになった。この「サイフォンの原理」と言われる効果によって,2010年から2020年までに鄭州のGDPは200%増,輸出入額は348%増,常住人口は46%増になり,GDPの1兆人民元都市,人口の1000万人都市にランクインするようになった。言うまでもなく,これらは富士康による貢献である。驚くことは,富士康は2015年の河南省の輸出入額の67.5%を占め,その後は減少したが,2019年でも58%を保っている。河南省は人口が1億人に近い大きな省であり,経済発展を牽引する“3頭立ての馬車”(消費,投資,貿易)の貿易(輸出入)の“馬車の手綱”は富士康が引いていることに中国は大変恐れている。
鄭州,太原,衡陽,南寧,成都は,中国の沿海部の製造業が内陸部移転の縮図である。これら“富士康依存症”に罹った都市は,製造業の移転に終止点がないことに直面するだろう。要するに,郭台銘は商人であり,為政者ではない。従って富士康は利益追求ができる場所に工場を移転するビヘイビアが働く企業であり,富士康の移転を止める術がないことを中国は大変恐れているのだ。
[参考文献]
- 朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第3章「鴻海(ホンハイ)の企業戦略」,第5章「華碩(エイスーステック)の企業戦略」。
- 朝元照雄『台湾の経済発展』勁草書房,2011年,第5章「ノートパソコン産業における台湾企業の役割:OEM・ODM企業群による“Made in China by Taiwan”の様相」。
- 朝元照雄『台湾企業の発展戦略』勁草書房,2016年,第4章「宏碁(エイサー)」。
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