世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TSMCの6大顧客:iPhone14はN4Pを決定
(九州産業大学 名誉教授)
2022.04.25
(1)TSMCの6大顧客群
米商務書のライモンド長官は,世界の先端製造プロセスの半導体(7nm(ナノメートル),5nm,3nmなど)の90%以上を台湾の企業から調達したことを明らかにした。世界で線幅5nmの半導体の生産能力を持つのは,TSMC(台湾積体電路製造)とサムスン電子の2社であり,今年末にTSMCは3nm半導体の量産化に進む予定である。
線幅5nm以上の微細技術に欠かすことができない半導体露光装置であるUV(極端紫外線)リソグラフィを世界で唯一製造できるのが,オランダ企業のASMLである。しかし,ASMLに多くの注文が寄せられ,同社は生産能力の不足に悩まされている。主な理由の一つに,レーザ用のレンズは独企業のカール・ツァイス(ZEISS)から提供されるが,カール・ツァイスが生産能力不足に見舞われていることがある。また,製造に必要なクリーンルーム(無塵室)を建てるには,一年を要とすることも生産への影響を与えている。こうした中,TSMCでは既に多くのEUVリソグラフィを入手していた。現在,EUVリソグラフィを所有する企業のトップ3社は,TSMC,サムスンとインテルであり,2021年はそれぞれが28台,14台と2台。2022年(予測)は31台,14台と3台。2023年(予測)は33台,15台と5台である。EUVリソグラフィ1台が1億ドル以上になる大変高価な機器である。
現在,TSMCの業績は大変好調で,6つの大口顧客を擁している。そのうちの3社はかねてからの顧客であるアップル,AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)とメディアテック(聯発科技)だ。新たに加わった顧客がインテル,クアルコム(Qualcomm)とNVIDIA(エヌビディア)だ。クアルコムとNVIDIAは元々TSMCと取引があったが,価格競争でサムスンに奪われた経緯がある。しかし,サムスンの良品率が芳しくないため,TSMCとの契約を復活させたものである。以下,それぞれの発注を説明する。
アップルの主な半導体は,TSMCにファウンドリー製造を委託しており,TSMCの最大の顧客である。2021年のTSMCの売上高は4054億台湾元(約1兆6216億円)で,アップル向けの売上高比率は26%と全体の4分の1以上を占めている。
2022年上半期,アップルのパソコンMac Studioは,M1 Max やM1 Ultraの5nmチップを使用している。Studio DisplayはA13の7nmチップ,タブレット端末のiPad AirはM1の5nmチップ,スマートフォンのiPhone SEはA15の5nmチップを使用する。2022年下半期,新しいスマートフォンのiPhone14は,A16のN4P(4nmPlus)チップを使用する予定だ。また,新しいタブレット端末のiPadは3nmチップ,新しいパソコンのMacシリーズはM2の4 nmチップを使用する。そのほか,アップルはモデム用にN5(5nm),RFIDチップはN6RFのほか,7nm,6nm,5nm,4nmと3nmチップをTSMCに発注している。
AMDはTSMCの2番目に大きい顧客である。7nmチップの注文が最も多く,6nm,5nm,3nmチップも注文している。新世代のZen4は5nmチップを使用する。
メディアテックからのTSMCの注文量は,AMDと遜色のない規模だ。「Dimensity9000(天璣9000)」は4nmチップを使用し,このチップはサムスンの上・中クラスのスマートフォンA53 Proに使われるという未確認の情報がある。すなわち,TSMCのチップが最大ライバルのサムスンの製品に使われることを意味する。そのほか,「Dimensity8000」は5nmチップ,「Dimensity1300」は6nmチップを使用する。
インテルはGPU(画像処理装置)用の7nm,6nm,5nm,3nmチップをTSMCに発注している。
クアルコムは「Snapdragon8 Gen1」はサムスンに製造を委託した。しかし,良品率の問題から「Snapdragon8 Gen1Plus」の新世代はTSMCに製造を委託,2022年第2四半期には4nmチップが出荷できる。また,次世代の「Snapdragon8 Gen2」(第2世代)は3nmチップとなる予定だ。
NVIDIAのRTX30シリーズはサムスンの8nmチップを使用したが,サムスンの良品率問題で新世代のRTX40シリーズからは,TSMCの5nmチップを使用する。3月22日のNVIDIAは,最新製品A100にはTSMCの4nmチップを搭載すると発表した。NVIDIAがTSMCに7nm,5nm,4nmチップを発注している。
現在,TSMCの3nmチップは物理的に微細化の極限に近づいている。微細化には「量子トンネル効果」という問題がある。これは量子力学の分野において,エネルギー的に通常は超えることのできない領域を,粒子が一定の確率で通り抜けてしまう現象のことである。TSMCはこの量子トンネル効果を克服し,2022年末に世界で唯一3nmチップを製造できる企業となった。初期の計画では月産4~5万枚のウェハーを提供する予定で,アップルとインテルが最初の顧客になるが,クアルコム,メディアテック,AMDからも発注が見込まれている。
(2)iPhone14のA16はN4Pを使用
昨年12月頃まで,アップルのiPhone14のA16はTSMCの3nmチップを使用すると発表していた。それを捉えて,WikiChipの記事や拙稿(朝元照雄,Vol.66,No.1,2022年1/2月号,2021年12月)でも「A16はTSMCの3nmチップを採用」と書いた。ところが,それ以降,「A16は引き続きTSMCの5 nmチップ(2020年のA14 と2021年のA15は5nmチップを使用)を使用」するという記事を見た。確かに,アップルは2年間同じ線幅のチップを使用しているが,これまでに3年連続して同じ線幅のチップを使用したことがない。この記事を読んで,筆者はTSMCが遂に微細化の極限に到達してしまったのかと嘆いた。しかし,昨年12月以降のアップルの発表では,iPhone14のA16は「N4P」(4nmPlus)とする変更が発表されている。
変更の理由は定かでないが,2021年3月31日,新竹科学工業園区のTSMCの「FabB12B―P6」施設のクリーンルームの外の変電設備に火災が発生した。ここは最先端の半導体チップを極秘で,試験的に量産するラインである。その火災の影響で,3nmチップの量産化が2022年末に遅れを見せたものも考えられる。通常,アップルの最新機種のスマートフォンは秋ごろ(10月前後)に発売されるため,新機種の3nmチップの採用には間に合わない(iPhoneの新機種は数千万台の供給が必要)。
昨年12月3日に開催された李國鼎記念フォーラムで,TSMCの劉徳音会長は,「現在,米企業マイクロン(Micron)のメモリーは世界に先駆けている。マイクロンは台湾で製造しており,同業協力の可能性も忘れないで欲しい」と述べた。昨年11月に台湾マイクロンの徐国晋会長がTSMCに戻ったことによって,協力の可能性が高まった。TSMCのロジック半導体とマイクロンのメモリー半導体を3D封止めによって,1つのチップに統合する可能性を示唆している。この「N4P」は,また公式発表はないが,この3D封止めによる新しい4nmチップの可能性であると,筆者は考えている。
[参考文献]
- 朝元照雄「世界最大半導体受託企業TSMCの技術力:熊本県菊陽町に新工場設置を決定」『世界経済評論』Vol.66,No.1,2022年1/2月号,2021年12月。
- 朝元照雄「TSMCの3nmチップ量産化後の顧客たち:半導体受託製造ビジネスの新しい動態」世界経済評論Impact No.2246,2021年8月9日。
- 朝元照雄「インテルCEOの“TSMC詣”:“凋落”からの挽回目指し,3nmチップ製造を要請」世界経済評論Impact No.2383,2022年1月10日。
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