世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
“シリコンの盾”から“シリコンの剣”へ:台湾と南アフリカの外交交渉と半導体輸出規制
(九州産業大学 名誉教授)
2025.12.01
シリコンの盾からシリコンの剣へ
“シリコンの盾”(シリコンシールド)は,2001年のCraig Addisonの著書「Silicon Shield: Taiwan’s Protection Against Chinese Attack」の中で初めて使われた用語である。台湾は半導体による“シリコンの盾”を用い,米国など西側の国々とともに中国の侵攻を抑止することを意味している。仮に台湾が中国に掌握された場合,米国の戦闘機,ミサイルなど国防軍事用半導体や,アップルのスマートフォン,Nvidiaの生成AI,AIサーバーによるデーターセンターで使われる先端半導体が入手できなくなるため,米国など西側諸国は嫌でも台湾を守らざるを得ないという理屈である。
一方,タイトルの“シリコンの剣”(シリコンソード)とは,2018年から2019年,韓国の最高裁にあたる大法院が,日本企業に元徴用工への損害賠償を命じた判決や,韓国海軍駆逐艦が自衛隊機に火器管制レーダーを照射するなどの事案を受け,当時の安倍政権が制裁措置として,半導体材料3品目の対韓輸出規制を行った。当時,“シリコンの剣”という用語は使われなかったが,確かに“剣”としての効果を発揮した。韓国産業通商資源部によると,韓国の製造業が用いる100品目の素材などの日本への依存度は,2019年の30.9%から,2021年は24.9%に低下した。日本が対韓輸出手続きを厳格化したスマートフォンなどの画面に使う「フッ化ポリイミド」,最先端の半導体製造で使う「レジスト」と「フッ化水素」の3品目については,フッ化水素の輸入額が2019年の3630万ドルから2021年には1250万ドルと66%も減った。レジストの対日依存度は半分以下になり,フッ化ポリイミドの対日輸入はゼロになったという。
本稿で取り上げる南アフリカは,中国に忖度し,台湾に対し後述する外交圧力を加えた。台湾はこうした動きを牽制するため,南アフリカに対する輸出規制を検討し始めた。台湾経済部(経済省)の発表によると,規制の対象は集積回路,半導体チップ,メモリーなど47品目であり,輸出に際しては経済部の認可が必要になる。これらの半導体関連の品目は南アフリカに進出したメルセデス・ベンツ,フォルクスワーゲンなど外資系自動車メーカーで使われるものであり,輸出規制が実施された場合,南アフリカでは数万人の雇用機会を脅かすことになる。南アフリカの自動車産業は毎年世界に約2兆7000億円相当の自動車を輸出しており,経済に与える影響も甚大だ。
台湾と南アフリカの外交交渉
近年,南アフリカは台湾に対し以下のような,外交・政治的に威圧を加え,不合理な要請を行ってきた。
(1)2023年12月,南アフリカの国際関係・協力省(外務省に相当)は,駐南アフリカ台北連絡代表処(台湾の駐南アフリカ大使館に相当)に対し,首都プレトリアから他の都市に移転するよう口頭通告した。2024年4月には正式書簡で半年内に連絡代表処を商業都市であるヨハネスブルグに移転するよう通達した。外交的には極めて非礼な措置である。さらに同年10月7日,10月30日までの移転完了を求め,これに従わない場合は,連絡代表処運営を差し止めるとし,以降この件の協議を拒否するとした。これに対し台湾政府も外交における「レシプロシティー(相互主義)」に基づいて,台北にある南アフリカの駐台湾事務所(南アフリカの大使館に相当)に対し同様の措置を講じるとした。同年10月21日,台湾の外交部長(外相に相当)林佳龍は,「連絡代表処は移転しない」とし,南アフリカ政府による一方的な措置受け入れられないと述べた。10月29日,台湾の外交部は,南アフリカ政府に対し政府間チャンネルによる協議を求めた。11月26日,南アフリカ政府は,移転期限を廃し,台湾駐南アフリカ代表処の運営は正常を取り戻した。
(2)2025年1月,南アフリカ政府は再度,書簡を台湾の代表処に送り,3月末にプレトリアからの移転を求めた。かつ,駐南アフリカ台北連絡代表処の名称を「駐南アフリカ台北貿易事務所」に格下げすると通告。台湾の外交部は南アフリカ駐台湾代表のZakhele Mnisiを呼び出し,一連の対応に厳しく抗議した。同年3月5日,南アフリカ政府は国際関係・協力省のホームページで台北代表処の名称を「駐南アフリカ共和国台北商務事務所」(Taipei Commercial Office in the Republic of South Africa)に一方的に変更した。
同年3月16日,台湾外交部は亞西及非洲司(西アジアおよびアフリカの国々との外交関係や関連業務を担当)に対し,南アフリカ政府が中国の要請に合わせて台湾に圧力をかけていることについて厳しく抗議させるとともに,国連総会第2758号決議と「一つの中国」政策を盾とする連絡代表処の移転強要は,台湾政府として受けがたい旨,また,南アフリカ政府に対し台湾側と協議することを要請させた。更に,3月25日には,協議の開催時期,場所,参加者構成などの詳細につき両国での調整を要請した。
5月16日,外交部長林佳龍は,南アフリカの国際関係・協力省のホームページ上での連絡代表処の名称や所在地の変更,駐南アフリカ台北連絡代表処欄の抹消など一方的で非礼な行為を強く非難するとともに厳重抗議した。
それにも関わらず南アフリカ国際関係・協力省は7月21日,「駐南アフリカ台北連絡代表処の地位」に関し,改めて,3月31日以降はプレトリアでの立地を認めず,4月1日からはヨハネスブルグとケープタウンに「台北商務事務所」に名称変更の上移転させることを公表した。その根拠としては再び国連総会第2758号決議と「一つの中国」政策を持ち出した。
(3)8月27日,南アフリカのラモラ国際関係・協力相は,台湾が各国に設けた代表処は商業都市に所在し,国際連合憲章と「ウィーン条約(Vienna Convention)」に基づくものではないと述べた。これに対し同月28日に台湾外交部は「現実に反する」とし,南アフリカ政府の国際情勢に対する認識不足を批判し以降の協議を放棄した。しかしながら南アフリカ政府は,台湾の経済部が示した対抗措置を受け,9月23日に台北連絡代表処の地位について協議する旨申し入れてきた。
南アフリカによる台湾への圧力は,2023年にヨハネスブルクで開催されたBRICS首脳会議以降強まっており,同会議に参加した習近平国家主席に忖度したものと受け止められている。台湾政府は,こうした南アフリカ政府の行為は台湾の主権を毀損するもので,安全保障上も大きな問題であるとし,南アフリカに対する半導体輸出規制すると発表した。台湾政府の半導体輸出規制による制裁以降,南アフリカ政府から協議の請求があり,現状はその執行が停止されているが,今後,規制が実行された場合,前述の通り,南アフリカは自動車産業への大きな打撃,雇用機会の喪失など,経済への負の影響は計り知れない。まさに,台湾の“シリコンの剣”の効果が発揮されることとなる。
なお,南アフリカは1998年1月1日に中国との国交を樹立したことに合わせ,台湾との国交を絶ったが,以降も双方の連絡代表を双方の首都に置くことで合意していた。
[参考文献]
- Craig Addison, Silicon Shield: Taiwan’s Protection Against Chinese Attack, 2001.
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