世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
インテルCEOの“TSMC詣”:“凋落”からの挽回目指し,3nmチップ製造を要請
(九州産業大学 名誉教授)
2022.01.10
12月13日夜10時45分(台湾時間),インテルCEOのパット・ゲルシンガーが搭乗したプライベートジェクトVJT929は,台湾・桃園国際空港に着陸した。VIPの“ビジネス・バブル方式”(注1)でのTSMC(台湾積体電路製造)訪問である。二回のワクチン接種証明書の提出,PCR検査を経て,ホテルに入り,訪問先のTSMC以外での接触は禁止される。
ゲルシンガーCEOは新竹のホテルに一泊し,翌日,新竹サイエンスパークのTSMC本社を訪ねた。CEO就任後,初のアジア訪問である。これまで,ゲルシンガーCEOはTSMCに対し必ずしも友好的でなく,台湾を不安定な場所(台湾有事を見据えて)とし,TSMCによるアリゾナ州でのウエハー工場建設への補助金対し,「米系企業(インテルなど)に補助金を援助すべき」とアメリカ政府を批判,ナショナリズムに訴えんばかりの発言をしてきた。しかし,数週間もたたず,頭を下げてTSMCに線幅3nm(ナノメートル),4nm,5nmの最先端HPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)用半導体の供給要請のために訪台した。
ゲルシンガーCEOの発言に対し,劉徳音董事長(会長)は「コメントするに値しないが,TSMCは同業者を中傷したりはしない」と淡々と述べた。しかし,TSMCの創業者張忠謀(モリス・チャン)は「ゲルシンガーCEOが定年するまでの5年間(現在,CEOは60歳)に,インテルを昔の盛況を取り戻すことはできない」と断言した。事実上,12月9日にゲルシンガーCEOはワシントン経済クラブにおいて,インテルの過去の遅れを取り戻すには5年間が必要であると,これを認めている。
世界の3大半導体企業はCPU(中央演算処理装置)の王者インテル,DRAMなどメモリの王者サムスン電子およびファウンドリー(半導体受託生産)の王者TSMCである。近年,インテルは半導体の線幅微細化の開発競争に遅れが生じて,2019/2020年にようやく10nmのICチップの量産化が軌道に乗ったが(インテルの10nmのICチップはTSMCの7nmのICチップに相当している),この時点でインテルはTSMCよりも1年以上の技術的な遅れをとった。2020年にTSMCは5nmのICチップの量産化に進んだが,インテルは2022~2023年にようやく7nmのICチップを量産化する計画であり,少なくてもインテルはTSMCよりも2~3年以上の遅れをとることになる。
インテルのこうした状況は市場価値においても,ライバルのGPU(グラフィックス プロセッシング ユニット)の王者NVIDIA(エヌビディアコーポレーション)から遅れをとった。また,インテルはこれまでAMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)の市場価値を遥かに凌駕していたが,近年,AMDはインテルのCPUの市場シェアを大きく奪取し,急速に業績を伸ばしている。このため両社の市場価値の差はわずかとなった。
台湾・台南生まれのAMDのリサ・スー(蘇姿豐)CEOは,半導体の製造を委託してきたグローバルファウンドリーズ(GF)に違約金を支払って解約し,技術力が進んだTSMCに製造を委託した。もともとGFはAMDの製造部門であったが,分割によりAMDがファブレス企業に,GFがファウンドリー企業になった経緯がある。敏腕の彼女はTSMCとの協力によって業績を伸ばし,今日のインテルの“凋落”を招いた。要するに,インテルはNVIDIAに後塵を拝し,AMDに凌駕されそうになった危機感から“TSMC詣”を行い,“凋落”からの挽回を図る必要があった。
ゲルシンガーCEOは“TSMC詣”で3nm,4nmと5nmチップの受託製造の引き受けとインテル専用生産ラインの設置を要請した。BlomberyとDiGiTimeがまとめたデータ(2021年12月)によると,TSMCのトップ顧客の順位と比重は次のとおり。第1位のアップル(25.93%),2位の聯発科技(メディアテック,5.80%),3位のAMD(4.39%),4位のクアルコム(3.90%),5位のブロードコム(3.77%),6位のNVIDIA(2.83%),7位のSony(2.54%),8位のMarvell(マーベル・テクノロジー,1.39%),9位のSTマイクロエレクトロニクス(1.38%),10位のアナログ・デバイセズ(ADI,1.06%)で11位のインテル(0.84%)である。現在のインテルのポジションから専用生産ラインの設置要請はやや強引であるが,劉徳音会長は受注前金の支払いを要求した。
インテルは自らのウエハー工場の製造部門を持ち,設計部門と封止め・検査部門の半導体のサプライチェーンを持つIDM(垂直統合型)企業であり,主に自社製品のCPUを製造している。長期に渡り一部の半導体をTSMCに製造委託してきた。一方,先端半導体チップの開発にも技術的遅れが生じているため最近ではTSMCに先端チップを製造委託するとの動きが伝われている。例えば,2022年にデーターセンター用CPUを開発し,演算用チップブロックには自社の5nmおよび7nmチップを採用し,次世代の3nmGPUはTSMCに製造を委託するという。インテルは3nmチップに移行したという宣伝手法を採用するようである。しかし,これは本当に3nmの処理能力を備えたものか,筆者にはやや無理があるように感じられる。
“TSMC詣”を終えたゲルシンガーCEOは,再びプライベートジェットに乗り込み,インテルの封止工場が設けられているマレーシアに向け飛び立っていった。
[注]
- (1)ビジネス目的の訪台者に対する検疫を条件付きで緩和する措置。「大口買付」,「大型投資」,「契約履行」の3分野で実施。
[参考文献]
- 朝元照雄「インテルのファウンドリービジネス再参入:再起するのか,TSMCとの比較」世界経済評論Impact No.2122,2021年4月19日。
- 朝元照雄「台湾半導体受託企業の増産計画」世界経済評論Impact No.2183,2021年6月7日。
- 朝元照雄「TSMCの3nmチップ量産化後の顧客たち:半導体受託製造ビジネスの新しい動態」世界経済評論Impact No.2246,2021年8月9日。
- 朝元照雄「TSMCの熊本進出決定:決算報告会で何を語ったのか?」世界経済評論Impact No.2344,2021年11月18日。
- 朝元照雄「TSMCの熊本と高雄の工場建設を正式決定」世界経済評論Impact No.2359,2021年12月6日。
- 朝元照雄「世界最大半導体受託企業TSMCの技術力:熊本県菊陽町に新工場設置を決定」『世界経済評論』第66巻第1号,2022年1・2月号。
- 朝元照雄「台湾の企業戦略:経済発展の担い手と多国籍企業化への道」勁草書房,2014年,第1章「台湾積体電路製造(TSMC)の企業戦略」3~14ページ。
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