世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2472
世界経済評論IMPACT No.2472

ロシアに内在する政治経済の根本問題

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 会長)

2022.03.21

 ウクライナへロシアが侵攻したことに端を発するかたちで拡大し,多大なる犠牲を招来せしめることとなったウクライナ・ロシア戦争が,どうしても筆者の脳裏を掠めてしまう。おそらく世界の多くの人びとが筆者と同じ思いに駆られているのではなかろうか。筆者は戦争や軍事についてはまったくの門外漢であり,これらのことについて語る資格を有さない。ましてやロシア問題の専門家でもない。そこでまったく別の角度から,ロシアに内在する政治経済の根本問題について論じておきたい。

 ぱっと見たところ,いまのロシアはプーチンによる独裁色の濃い権威主義国家であること,およびこの支配者の周囲はオルガルヒとして影響力をもった少数の者によって固められていること,さらにはこの政権は旧KGB経験者が中心になっていることなどが顕著な特徴である。どう見ても健全な政治体制とは言いがたい。それとは対照的にアメリカや西ヨーロッパ諸国および日本は,民主主義国家であり,多次元の自由が保障されている。ただしアメリカの保守主義の政治学者フランシス・フクヤマのように,イタリア南部と日本などは依然民主主義は熟していないとみる向きもある。

 ここでロシアの構造問題に焦点を当てることとし,この国の歴史過程をたどってみよう。1917年のロシア革命から長年続いた共産主義のソヴィエト連邦時代に終止符を打ったのは,1980年代半ばからのゴルバチョフによるグラスノスチ(情報公開)とペレストロイカ(刷新)の推進であった。その結果旧ソヴィエト連邦は1990年代初期に分解し,それぞれ独立国家共同体(CIS)となった。その段階でロシアとウクライナはそれぞれ異なる国家になったのだ。しかしその一連の過程において,グラスノスチはかなり進展したものの,ペレストロイカは徹底しない状態が続き,いまなお未完成状態といっていいだろう。言い換えるなら,ロシア経済の自由化路線による市場経済は未発達状況にあるということなのである。産業構造を例に挙げるとわかりやすい。つまりこの国は天然ガス,石油,ダイヤモンド,ニッケルなどの一次産品への依存度がきわめて高い。なぜそうなのか。それは途上国の開発問題を研究テーマにしている筆者のような者からみると明白なのだが,世界から重宝がられる天然資源が大量に賦存するとなれば,それだけでそれらを世界へ輸出することから得られる資源マネー(オイルマネーや天然ガスマネー)は莫大である。石油と天ガスは代表的なエネルギー資源であるし,その他の鉱物資源は情報機器やエレクトロ製品の重要な原料である。その上にどっしり胡坐をかいて巨万の富を手にしたのがロシア型オルガルヒの正体である。それがとりもなおさずプーチン政権の経済的基盤になっている。そのような事情は開発論の分野において,「資源の呪い」として語られる。

 さらに社会学的視角として,マックス・ヴェーバーによって提示された支配の類型から,ロシアはカリスマ的支配と家産的支配とのミックス型として捉えることができる。つまり支配者プーチンは一種のカリスマとして作為的に祭り上げられ,資源から得られた莫大な利得をプーチンとかれの周囲のオルガルヒが私腹化するといったパターンである。ヴェーバーはそのような歪んだ資本主義をパーリア(賤民)資本主義とみなし,プロテスタンティズムの倫理に裏打ちされた近代資本主義とは別物として識別した。つまりロシア型オルガルヒは国家政商的資本主義であり,パーリア資本主義の代表格なのである。

 ロシアはなぜそのような状況に陥ってしまったのだろうか。この問いに対するひとつの回答は,ゴルバチョフからエリツィンへ政権が移行する過程において,国家政商的オルガルヒが生誕し,プーチンへそれが受け継がれ,さらにそれが肥大化したということであろう。さらにいうならば,アメリカの政治哲学者ジョン・ロールズが措定した「基本財」が国家の手によって国民に準備されぬまま,歪んだ資本主義が導入されてしまったことに根本的要因があるといえるかもしれない。つまり健全な市場経済が正しく機能するためには,政治の手によって国民が多次元の自由を享受できる「制度」をあらかじめ造っておかなければならない。ロシアにおいてペレストロイカが不十分だったというのは,まさしくその点なのである。

 最後に第2次世界大戦時のアメリカ大統領,フランクリン・ローズヴェルトが権威主義を批判するために提示した「人間の4つの基本的自由」(言論表現の自由・信仰の自由・欠乏からの自由・恐怖からの自由)に照らしても,プーチンのロシア体制は正反対の国家であることは明らかだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2472.html)

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