世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
技術進歩がもたらしたもの
(岐阜聖徳学園大学 教授)
2025.12.01
現在は技術進歩が著しい時代である。かつてジョセフ・シュンペーターはイノヴェーションが経済発展の原動力であると述べた。技術革新の担い手を開明的経営者と同一視し,それを商品化して大量生産して規模の経済を実現するタイプの者を称揚した。旧式の技術を使用して作られた製品は淘汰されるため,それらは新製品によって取って代わられる。それゆえそのような一連のプロセスを「創造的破壊」と呼んだのだった。たとえば19世紀の蒸気機関車と蒸気船の出現や,20世紀の自動車の開発と登場がそれに相当するだろう。そのさいの旧式の技術といえば牽引動物や馬車や帆船などであり,これらは新規の技術に取って代わられた。さらに言うなら蒸気機関車のケースでは鉄道が敷設され,水上輸送においては大規模な運河が建設され,自動車のケースでは橋や道路が舗装整備されたように,総じて経済インフラが拡充していったのだった。一般的にはそれは輸送技術の発達として知られる。この現象を現代に置き換えるならば,高速鉄道の整備やリニアモーターカーの開発状況として捉えることができる。こうしたことがらは,経済学用語を使うならロバート・ソローの残差(residual)もしくはTFP(全要素生産性)の向上となる。というのもそれは,労働や資本などの個別の生産要素に起因する生産性向上とは異なる総合的な技術進歩を意味するからだ。本年度のノーベル経済学賞が授与されたジョエル・モキイアらの研究もそのような考え方の延長にあり,シュンペーターによって提起された経済発展の発想が高度な数学によって抽象化されたのである。
さて,さらに身近な技術進歩の具体化といえば,AI(人工知能)技術の発達を挙げることができる。教育界や大学関係者の間で話題に事欠かないのが,チャットGPTの登場である。これについてはさまざまな角度からの議論が喧しい。さらに言うならこれに関連した経済界,すなわち半導体関連産業の発展が顕著である。台湾のTSMC(台湾積体電路製造)や米国のNVIDIAなどの成長著しい企業が存在する。これらの企業の源泉を辿るなら,1990年代以降現象化した米国におけるIT(情報技術)産業の発達であろう。すなわち今ではガリバーと化したマイクロソフトとGAFA(グーグル・アップル・フェイスブック[メタプラットフォームズ]・アマゾン)の圧倒的な存在がある。
こうした技術進歩の現在の化身ともいえるガリバー企業は,圧倒的な所得と富の象徴的存在でもある。かれらを下支えしている経済思想は何かといえば,ミルトン・フリードマン流の「自らの能力にしたがってとことん利潤を追求せよ,しからば全体の利益にもなるだろう」というメリトクラシー(能力主義)に他ならない。もしくはフリードマンに先行した哲学者フリードリヒ・ハイエクの「市場は与え,そして奪う。市場の御名に祝福あれ」という市場原理主義思想に通じてくる。その結果,こうした企業のカリスマ的経営者たちは限りなく富裕化していった。ところがそれとは真逆にどんどん貧困状態に陥ってゆく人びとも多く見られる。典型的なのが米国における中流階層の没落である。かつて中流生活を謳歌した人びとがどんどん貧困状態に陥ったのだ。その結果現象化したのが,所得分配もしくは富の分配の圧倒的不平等(格差)なのである。こうした状況は1%対99%という表現に集約化される。
この問題を解決してくれるのは何だろうか。2024年にノーベル経済学賞を受賞したAJR(ダロン・アセモグル,サイモン・ジョンソン,ジェイムズ・ロビンソン)は,市民社会を経由した対抗勢力の勃興にそれを求める。現代版の「泥棒男爵」によるパイの総取りではなくて,レント(超過利潤)は諸階層に広くシェアされるべきであろう。かつてシュンペーターはそのようなヴィジョンをもっていたはずだ。ところが現状は,ガリバーによる市場支配力がますます強まったように見えるのである。
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