世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本の中期成長戦略を提示する:「新しい資本主義」と「中国の特色ある社会主義」
(放送大学 客員教授)
2022.03.07
北京オリンピックは,2022年2月20日に無難に閉幕した。開幕が中国正月の春節と重なり,感染力の強いオミクロン株の世界的な拡大の中で招待の有観客でオリンピックを実施し,中国の管理能力の高さを示した。ここで,日本に参考となる中国の成長戦略を考えてみよう。
ところで,習近平氏がマルクス主義について次のように述べた。「マルクス主義は人類社会発展進歩の方向を指し示した。 ――同時にマルクス主義は教条ではなく,行動指針で,実践の変化に伴い発展させなければならない。―― 急速な変化に直面する世界と中国が古い決まりをかたくなに守り,考えが硬直し,理論刷新の勇気がなければ,中国の問,世界の問,人民の問,時代の問に科学的に答えることはできず,党と国家の事業を継続,前進させることができないだけでなく,マルクス主義も生命力,説得力を失うことになる。」(共産党第19期中央委員会第6回総会,2021年11月開催,北京1月11日発新華社=中国通信)。
一方で,岸田首相の唱える「新しい資本主義」のどこが「新しい」のかと新聞紙上などいろいろなところで問われている。しかし,その基の「資本主義」が何を意味しているのかが理解できない。その理解なしに「新しい」は追加できない。
資本主義との比較で社会主義がある。思いつくのは,「中国の特色ある社会主義」である。そこから解きほぐして「新しい資本主義」を考えてみよう。ここから日本の中・長期の成長戦略が見えてくる。1.習近平の新時代の中国の特色ある社会主義とは
「中華人民共和国国民経済・社会発展第14次五か年計画と2035年までの長期目標要綱」(通称14・5要綱)では,2035年を1949年から2049年への建国百年の大きなターニングポイントに位置づける。長期の計画のなかで,「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想を導く」という指針が掲げられる。
その前提の「三つの代表」の重要思想として,マルクスレーニン主義,毛沢東,鄧小平理論がある。ここにマルクス主義が含まれる。これは,マルクス資本論に基づくものと思われる。そうであれば,中国の価値説は労働価値説に依拠すると思われる。そのモノの価値は,「社会的平均的必要労働」の投入時間により決まる(八木(2018)による)。マルクス経済学に対して,1950年代から「近代経済学」(近経)という言葉があった。これは,価値を決めるのは消費者の満足,つまり「効用価値説」である。この価値説から近代経済学が展開された。
ところで,中国では「社会主義市場経済」という言葉が使われている。市場経済は,売り手と買い手のセリにより市場価格が決まり,取引が成立する。この際の売り手の希望する価値と買い手の希望する価値は,限界費用と限界効用により決まる。つまり,社会主義市場経済の価値説が,「近代経済学」の効用価値説を混入している。
その証拠は,最初に示した「マルクス主義を発展させなければならない」という習近平氏の考え方に含まれている。また,グローバル・バリューチェーンの形成ということが,「14・5要綱」の政策課題に入っている。バリューチェーン経営とは,消費者の満足(顧客満足度),効用を最大にする経営の考え方である。したがって,中国の特色ある社会主義は,労働価値説に基づく政策ではない可能性が考えられる。習近平の新時代の中国の特色ある社会主義とは,成長と公平(共同富裕)の政策にあるものと思われる。
他方で,日本の岸田首相の「新しい資本主義」に関して,ステークホルダー重視という推測はあるが,価値説に関する発言がない。資本主義は成長戦略の意味があり,「新しい」も新しいタイプの「中長期の成長戦略」と考えると納得できる。
2.中国の特色ある社会主義の成長戦略とは
そこで,2035年に向けて中国の新しい社会主義の成長戦略は,次のように説明できる。一帯一路共同建設による①「地域統合」,自由貿易試験区による②「産業集積政策」,戦略的新興産業による③「産業政策」である。この本質となる政策は,「産業集積政策」である。その集積政策により幼稚産業保護育成の「産業政策」を実施する。そして,「地域統合」によるグローバル・バリューチェーンの形成である。
3.日本の中長期成長戦略
これは,「新しい資本主義」の考え方に大きなヒントを与える。つまり,産業政策を実施し,それを「産業集積」を形成することにより進める。重点産業(ピッキング・ウナー)は,2035年に向けてデジタル産業とグリーン産業である。更に,その産業集積は,RCEP(地域な包括的経済連携)協定やTPP(環太平洋パートナーシップ)協定などの地域統合を視野に入れる。
[参考文献]
- 八木紀一郎(2018)「日本アカデミズムのなかのマルクス経済学」『現代の理論』,第16号(2022年2月6日アクセス)。
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