世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4061
世界経済評論IMPACT No.4061

ノーベル賞を狙うわけではない中国の「基礎研究」:2035年にハイレベル「デジタル中国」の構築

朽木昭文

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2025.11.03

 中国の「第15次5カ年計画」(2026-30年)は,「外資導入」型経済特区クラスターから「自主イノベーション」型クラスターへ政策転換を促進し,2035年に向けてハイレベル「デジタル中国」の構築を目指す。この実現のためには基礎研究の強化が不可欠である。

(1)外資導入クラスター政策による「中所得国の罠」までの経済成長

 1978年,鄧小平氏が改革開放政策を実施した。その成功モデルは,深圳経済特区を中心とする外資導入による「クラスター政策」であった。これは「国内産業の育成政策」と両輪をなして展開された。両者の融合が,2013年以降の戦略的新興産業クラスター政策へと発展した。

 2013年に国家主席となった習近平氏は,上海から北京までの自由貿易試験区において産業クラスターの形成を推進した。2020~2025年の第14次5カ年計画では,「科学技術強国」を掲げ,基幹・コア技術とともに「基礎研究」を重視した。

(2)2020年代に基礎研究のさらなる強化が必要となった3条件

 中国が「基礎研究」を一層強化すべき理由要因として,以下の3点が挙げられる。

 第1に,中国は1人当たり所得15,000ドル以下の「中所得国の罠」に直面した。

 第2に,「習近平の「新時代の中国の特色ある社会主義」の建設に向けて,2021年に「2035年長期目標要綱」が承認された。2035年は2020年と建国100年の2049年の中間にあたる節目の年である。

 第3に,2017年にトランプ氏が米国大統領に就任して以降,米中摩擦が発生し,2025年の第2次政権でさらにエスカレートした。

(3)「自主イノベーションクラスター」建設のための基礎研究費の割合8.5%目標

 中国のデジタル経済発展戦略の一環として,東部地域で発生する大量のデジタルデータ(数)を,西部地域で受け入れて処理・保存する(算)国家プロジェクト2022年に「東数西算」プロジェクトが2022年に,「自主イノベーションクラスター」の建設に向けて本格始動した。これは,8つの「国家級計算力ハブノード」を設け,それぞれのハブに10の国家級「データセンター・クラスター」を設置するもの。

 基礎研究費が研究開発経費に占める割合は,2018年に5%,2024年に6.9%である。第15次5カ年計画(2026-30年)は,「ハイテク強国」実現に向けて8.5%にすることを目標に掲げているとする。

(4)中国のNSFC(国家自然科学基金)とMOST(国家重点研究開発計画)による科学研究費

 国務院の管理下のNSFC(国家自然科学基金)は国務院の管理下にあり,日本の科学研究費助成事業(科研費)に相当する。2023年の年間予算規模は基礎研究として約330億元(約6,600億円)で,日本の科研費(約2,400億円)の2.5倍以上である。NSFCは,2024年の改革により申請の属性を「自由研究型」と「目標志向型」の二分類に整理した。

 MOST(国家重点研究開発計画)は,日本のNEDO(新エネルギー・産業技術開発機構)の研究費に近く,大学・研究所・企業のコンソーシアムによる大型研究が中心となる。AIなどの国家戦略技術分野での「実用化研究」を支援する。

(5)大学への競争促進の適用

 中国の重点大学計画では,トップ層に清華大学,北京大学などが含まれる 。また,技術・工業系重点校としては中国科学技術大学,総合型・地方拠点としては武漢大学などが位置づけられる 。2022年からは政府が主導し,質の高い高等教育機関を世界水準に引き上げることを目的とする「新・双一流」計画(双一流の「双」は,「世界一流大学」と「世界一流学科(専門分野)」の二つを指す)「新・双一流」計画に基づき,「指定校・学科」が指名され,その採択率が顕著に高い。競争促進のための「入れ替え制」が導入され,研究成果・国際連携・産業貢献が重視されている。

(6)「目標志向型」研究の強化

 「目標志向型」は,「社会・経済・国家戦略と接続した研究」をに指向する。集中投資されるもので,研究の産業化の分野は,「AI応用・宇宙・量子・新材料・バイオ」などである 。AI分野など重点領域の申請数と承認数はいずれも増加傾向である。「応用基礎研究」や「産学連携基礎研究」も助成対象として強化されている。

(7)2035年「ハイテク強国」へのための基礎研究の強化

 イノベーションのプロセスは,「基礎研究,論文,応用研究,特許,製品化による付加価値化」の連鎖である。中国の研究費は,日本と異なり,「1人当たり研究費が製品化による付加価値と強い相関」が検証できる。中国の基礎研究は製品化を志向し,付加価値化につなげる点に特徴がある。

 研究は「目標志向型」が重視され,自主イノベーションクラスター政策の重点産業はAI,半導体,量子,バイオなどである。中国は,基礎研究を強化することにより2035年のハイテク強国を目指す。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4061.html)

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