世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2425
世界経済評論IMPACT No.2425

大国間対立の激化で波乱が予想されるAPEC

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授)

2022.02.21

 アジア太平洋協力会議(APEC)議長国タイの主な役割は,前年に採択されたアオテアロア行動計画を着実に推進することである。タイは総選挙を控え,自ら主導して肝煎り政策をAPECの戦略に組み込み,リーダーシップの印象付けを狙う。ただし今年のAPECではこれまで以上に米国・中国間の対立の激化が予想され,タイは議長国として難しい舵取りを迫られる。

議長に求められる行動計画の着実な推進

 1989年に豪州ホーク首相の提唱で発足したAPECは,これまでアジア太平洋地域の持続可能な成長と繁栄に向けて,貿易・投資の自由化・円滑化や地域経済統合の推進,経済・技術協力等の活動実施を推進してきた。1994年には中長期的目標「ボゴール宣言」を打ち出し,2020年を期限に域内における貿易と投資の自由化達成を目指した。

ボゴール目標の後継に位置付けられるのが,2020年に採択された「プトラジャヤ・ビジョン2040」である。同ビジョンでは,1)貿易・投資,2)イノベーション,デジタル化,3)力強く,均衡ある,安全で,持続可能かつ包摂的な成長,の3つを経済的推進力にし,「全ての人々と未来の世代の繁栄のために,2040年までに,開かれた,ダイナミックで,強靱かつ平和なアジア太平洋共同体とする」ことを目指す。

 同ビジョン実現のため,昨年2021年に附属書として取りまとめられたのが「アオテアロア行動計画」(注1)である。同行動計画はプトラジャヤ・ビジョン2040で掲げられた3つの経済的推進力毎に,「目的」,「進捗の評価」,各APECエコノミーが取り組むべき「個別行動」及び「共同行動」が示されている。2022年の議長国タイに課された役割は,行動計画の着実な推進である。

優先課題の原動力としてBCG経済モデル組み込むタイ

 タイは2022年のAPEC議長国のテーマを「Open,Connect,Balance」(開かれ,連結し,均衡をとる)とし,①あらゆる機会に開かれ(貿易・投資の円滑化),②あらゆる次元で連結し(地域の再連結),③あらゆる側面で均衡をとる,ことを優先課題とした。

 3つの優先課題について,①でタイはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現に向けた議論を「再活性化」することが想定されている。②では,パンデミックで大きく影響を受けた「国境を越えた人の移動」について,ワクチン接種証明書の相互運用・承認などデジタル技術を活用し,地域内の再連結を目指す。③では,APECの将来の成長モデルに持続可能な開発と環境目標を組み込むため,タイの国家戦略「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデル」を導入する意向である。プラユット首相は,前例のない公衆衛生危機とその壊滅的な社会経済的影響を踏まえ,「パンデミックによって明らかになった不均衡に対処すべく,3つの確立された経済開発アプローチであるBCG経済モデルを地域の経済に統合することで成長を実現する」と意気込んでいる(注2)。

 プラユット首相がAPECへの「BCG経済モデル」の導入に固執する背景には,2023年3月までに行われる総選挙を控え,議長国としてのリーダーシップを国内に示すことで,選挙戦を有利に進めたいとの思惑があろう。

議長国タイを待ち受ける難題

 その中で最も懸念されるのが,APECの場に大国間の争いが持ち込まれることである。米国は22年初めにも「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を新設する。IPEFは中国対抗を目的とした新たな経済圏構想とも言われ,米国は「21世紀の経済統合ルールの形成を主導する」としている。22年2月,その米国が23年の議長国になることが決まったが,米国はIPEFの要素を2023年のAPECのアジェンダに組み込んで推進する意向を示している。そのため今回のAPEC各種会合でも米中とでその前哨戦が繰り広げられる可能性がある。

 また米国が議長国就任を発表した翌日には,中国包囲網の性格が強い「インド太平洋戦略」を発表した。米国は「インド太平洋戦略」を同盟国やパートナー,地域機関と連携し進めるとしているが,その中で鉄壁の条約による同盟(ironclad treaty alliances)としてタイとフィリピンを,また関係を強化すべき地域の主要パートナーとしてインドネシア,マレーシア,シンガポール,ベトナムを名指ししている。

 APECは非公式,非形式的な対話を重視し,そこで掲げられる目標や行動も,あくまで各エコノミーの自発的な行動で推進されることから,ASEAN加盟国にとっては,居心地のいいフォーラムである。しかし,米中の主導権争いがAPECの場に持ち込まれ,各エコノミーが米中との間で踏み絵を迫られることになれば,APEC自体が更に機能不全に陥る懸念がある。タイは難しい舵取りを迫られる。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2425.html)

関連記事

助川成也

最新のコラム