世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2122
世界経済評論IMPACT No.2122

インテルのファウンドリービジネス再参入:再起するのか,TSMCとの比較

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.04.19

 2021年2月,インテルのパット・ゲルシンガーが8代目CEO(最高経営責任者)に就任した。3月24日,インテルの発表会にアリゾナ州知事ダグラス・デューシー(Doug Ducey)および米・商務長官ジーナ・ライモンド(Gina Rainodo)が会場に駆け込んだ。ゲルシンガーCEOが就任後の発表会で,インテルは「IDM2.0戦略」を実施し,インテルが再びファウンドリービジネスに参入すると発表した。IDM(垂直統合型)とは,半導体の設計,製造から封止・検査を1社がビジネスとして行う企業のことである。「IDM2.0戦略」とは,インテルはIDMからの大きな推進であり,その内容にインテルは200億ドルを投資し,アリゾナ州で2つのウェハー工場を建設し,2024年に7nm(ナノメートル)やさらに先端の半導体チップの量産化を計画して,企業内で別途にファウンドリービジネス部門を設け,ファウンドリー市場に参入し,欧米企業にファウンドリー生産を行うという。それによって,3000名のハイテク関係の高給職,3000名の建築職および1万5000名の現地の長期職の雇用を生み出すという。

 2020年,アメリカ政府の要請で,世界最大ファウンドリー(半導体製造受託)企業のTSMC(台湾積体電路製造)がアメリカのアリゾナ州のフェニックスに進出し,ウェハー工場を設けると発表した。特に,アメリカの国防省の最新鋭F-35ライトニングII戦闘機やミサイルに使われる軍事用半導体の供給企業として,TSMCが要請に応じたことである。過去において,インテルはファウンドリービジネスに参入したが,失敗して撤退した。なぜ再び参入することになったのか,注目を浴びるようになった。

 2020年のファウンドリー市場規模は682億ドルで,2025年には1000億ドルに達する。増因はパソコン用のCPU(中央演算処理装置),自動運転・動画・ゲーム用のGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット),AI(人工知能),5G(第5世代移動通信システム),クラウドコンピューティング,ロボット制御などに半導体が不可欠になるからだ。特に,電動自動車の自動運転の2018年の「レベル2 EV」の場合,車載半導体の価格は1台当たり580ドルであるが,2022年の「レベル4 EV」の場合,その価格は1760ドルに達する。EV車のレベルの向上によって,搭載される車載半導体の量と質の増加によって,半導体の不足は今後も持続する可能性がある。

 ゲルシンガーCEOは「私たちはアリゾナ州政府とバイデン政権との協力ができ,大変喜んでいる。奨励措置を通じてアメリカ国内の投資を刺激することができる」と語った。アメリカ政府はアメリカ国内で半導体製造工場を設置する場合,補助金を与える奨励策を打ち出した。挨拶の文脈から考えて,恐らくインテルのこの投資額の半分以上にアメリカ政府からの補助金があったと見たほうが,合理的な判断である。

 インテルの発表によると,2023年以降の先端製造プロセスの核心的なCPUの製造はTSMCにファウンドリー生産を委託するという。また,CPU以外のGPU,AIなどもTSMC,聯華電子(UMC),サムスン,グローバルファウンドリーズ(GF)などにファウンドリー生産を委託するという。当然,このインテルの経営方針であるファウンドリービジネスを再開し,同時に自社の半導体を他社のファウンドリー生産として委託するという行動は,一見して矛盾のように見られる。しかし,低い利潤であるパソコン用のCPUをファウンドリー生産に委託し,高い利潤の国防省向け半導体は自社がファウンドリー生産を行う,と説明すると理屈が合う。事実上,インテルと米・国防省と10nm製造プロセスの軍用半導体の製造契約を締結している。

 また,インテルのファウンドリービジネスの再開に,マイクロソフト,アマゾン,シスコシステムズ(Cisco),クアルコムなどの各社から支持が得られた。事実上,ここではクアルコムから支持が得られたと表明したが,世界最大のファブレス企業のクアルコムからの委託の可能性は低いと思われる。その理由は,クアルコムとインテルの一部分の製品は,ライバル関係にある。当然,ライバル関係のAMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)やザイリンクス(Xilinx)などのファブレス(デザインハウス)は,ライバルに秘密が流失するため,秘密が書き込まれた自社の半導体をインテルに委託生産するのは不可能である。

 WikiChipから公表したTSMCの半導体製造プロセスの資料およびインテルの実力を比較すると以下のようである。インテルは2015年に14nm製造プロセスのICチップを開発し,この時点でTSMCは16nmのICチップの製造能力に留まり,インテルが優勢を保っていた。ところがそれ以降,TSMCは2017年に12nmのICチップ,2018年に10nmのICチップ,2019年に7nmと7nmプラス(EUV使用)のICチップ,2020年に5nmと6nmのICチップ,2021年に5nmプラスのICチップ,2022年(予定)に3nmのICチップへと順調に開発し,量産化を果たした。

 しかし,インテルは2015年に14nmのICチップ以降,2019年/2020年にようやく10nmのICチップの量産化を完成したに過ぎない。インテルの10nmのICチップはTSMCの7nmのICチップの実力に相当し,この時点でインテルはTSMCよりも1年以上の遅れの計算になる。2020年にTSMCは5nmのICチップの量産化に進み,インテルは2022年~23年に7nmのICチップの量産化の予定し,この時点で少なくてもインテルはTSMCよりも2~3年の遅れの計算になる。

 過去において,アップルはインテルからCPUを調達し,自社のパソコンに搭載したが,最近に開発したアップルの最新鋭パソコンMac Bookに搭載したM-1チップは,アップルが設計し,ARMのプラットフォームを採用し,TSMCが製造した5nmのSoC(システム・オン・ア・チップ)である。この最新鋭Mac Bookから自社が設計し,TSMCが製造を担当したチップに転換したのである。要するに,過去の“半導体の帝王”であるインテルの凋落によって,アップルはインテル製CPUを使わずに,自社製品の半導体チップに転換するようになった。

 最後に,インテルのファウンドリービジネスの再開は,成功するのかを考える。結論から言えば,このビジネスの成功の確率は高くないが,アメリカ政府の補助金などの援助があるため,運営は困難なものの持続する可能性がある。他方,TSMCの台湾工場で半導体を製造する場合,コストが低く,最大の競争力を発揮できる。2020年,アメリカ政府の要請でTSMCはアリゾナ州で工場を設置するようになった。アメリカの高い人件費を反映し,その分のコストが高くなるが,TSMCは世界で最も強い技術力を擁しているため,コスト高を製品に反映してもユーザーは購入すると考えている。

 事実上,日欧政府もTSMCの現地の工場設置を誘致した。2021年2月,TSMCは筑波学園都市に先進材料・特殊用途化学品の研究開発の筑波研究所(仮称)を設置すると発表した。先端半導体の微細化やパッケージ技術の共同開発拠点を構築する。この研究所に東京エレクトロンやSCREENホールディングス,信越化学工業,JSRなどが参画するとみられる。また,産業技術総合研究所(産総研)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)も協力する。TSMCの筑波研究所はこれらの企業と共同で次世代の半導体材料の開発を行う予定である。ヨーロッパの強みは,オランダのASMLは世界最強で唯一のEUV(極端紫外線リソグラフィ)が製造できる半導体製造装置企業であり,線幅7nm以下のICチップの製造に不可欠の装置メーカーである。ASMLのEUVの世界最大のバイヤーは,TSMCであることに加え,将来,オランダでTSMCが研究所を設け,ASMLと共同で次世代の半導体装置を開発することも考えられる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2122.html)

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