世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2320
世界経済評論IMPACT No.2320

「見える手」によりESG経営をする

鈴木康二

(元立命館アジア太平洋大学 教授)

2021.10.25

 ESGを経営の第一目標とすることは,利益を生むことが目的の企業経営に対しマイナスだ,との議論は間違いだ。非財務情報の公表をしないと機関投資家株主に選んで貰えなくなるから,ESG配慮の企業経営を強いられる,との考えも間違いだ。米国の世界的IT企業がサプライチェーンのグリーン化を進めているので,グリーン化要求に従わないと電子部品会社は納品先の大顧客を失う,との考えも同類だ。日本はエネルギー価格と人件費が高いので,日本での生産は途上国での生産に比し不利だとして,途上国への生産移転と日本の産業の空洞化が生じた。日本での過去30年間の賃金上昇率が,欧米に比し極端に低い結果を招き,日本人の購買力を引き下げ,成長産業と目される分野での必要人材と日本の成熟産業でのR&D人材が,海外に流出した。

 2021年10月19日再放映されたNHKBS1のTV番組「2030未来への分岐点『暴走する温暖化』」で,太陽誘電は炭素由来のエネルギー消費を抑えようとしても,工場で使う電力の自然エネルギー転換は困難なので,製品の電子部品の小型化によりエネルギー消費を節約し,消費者の炭素由来エネルギー消費の縮小に貢献している,と紹介していた。一社だけで炭素由来のエネルギー消費を抑えるのは困難だとの精神が,日本の脱炭素化と送電線増強に消極的な九電力会社と,石炭火力発電志向の新電力会社を生んでいる。

 一社でなく社会で考える問題だ。風力・太陽光発電が化石由来の発電コストより大幅に高いというのは日本ぐらいだ。発電量・利用量が増えないので量産効果が出ず,敷設維持コストが低下しない。日本では送電線敷設費用は小売発電会社の負担だ。国内に大炭田を持つドイツでは送電線増強費用は利用者負担で,太陽光発電コストは石炭火力発電コストより安く,原発廃止も決めている。ドイツの例を見ないのは,送電線敷設・使用コスト負担を小売・卸売の発電会社にしておきたいからだろう。

 送電線敷設・使用コスト負担者は発電会社で消費者に均等に転嫁するとの考えは,CO2削減による温暖化防止が人類の目的であることに対し,為にする反動的な議論に帰す。送電線敷設・使用コスト負担は,社会の構成者である,個人・企業・国家・市民社会セクターの各プレイヤー間で議論する問題だ。コスト負担をしても人類の為,子孫の為だとする利他的個人主義者は,各社会セクターのプレイヤーで急増している。個人セクターはプラスチック,金属の再利用に積極的だ。「見える手」という考えを開発経済学者ハーシュマンは言う。プロジェクトが進む過程で当初の前提・計画と違ってきても,プロジェクト実施者が,大胆に「見える手」で手直しすれば,目的のプロジェクトは完工できる,との考えだ。後生大事に当初の前提に沿うべく住民説得の補償費を上げれば工事費は膨らみ完工は大幅に遅れる。計画の場所を一部ズラしたり,新技術導入といった知恵を絞ればよい。目的に合わせた手段の柔軟な変更が「見える手」だ。

 ESG第一の企業経営を「見える手」で実現する,との考えが経営トップと社員に共有されることが必要だ。地球温暖化対策がEなら,Sは女性の管理職・経営者への登用,海外子会社の現地人社員の本社登用,地域社会・少数民族・将来世代に配慮する経営だろう。Gでは非財務情報の開示をし,会計不正・賄賂・競争法違反・下請イジメ・ハラスメントをしないコンプライアンスの順守徹底,内部告発者保護と忖度なしの社員間の意見交流が進む社風(=ティール組織),が挙げられる。ESG経営が儲かる手段になるアイデアと実行については,若い世代・多様な意見を持つ人そして未来世代の意見を代弁できる人が発言し,企業施策となったら全社が協力する,との社風が必要だ。

 相手に進んでコミットしてもらうやり方についてはカルチャー・マップが有効だ。筆者は文化価値の5クラスター分類を示してきたが,それはそのクラスターに属するのだから仕方がないという考え方を生み,変えて貰う手法にならなかった。カルチャー・マップはコミュニケーション(明確単純・遠回し繊細),評価(率直・やんわり),説得(原理優先・応用優先),リード(平等主義・階層主義),決断(合意志向・トップダウン),信頼(タスク志向・関係志向),見解の相違(対立型・対立回避型),スケジューリング(直線的,柔軟)で文化の見取図を示し,その上でどうしたら相手の立場に立って(=利他的),こちらのやりたいこと(=個人主義)に進んでコミットしてもらえるかを検討している。

 アジアのナショナリズム,中国・ロシアの権威主義,世界的な経済格差拡大,誹謗中傷・フェイクニュース・ハッキングの氾濫,コロナウィルスによる健康被害・自然災害の多発,難民と問題は多発している中で,企業経営は保守的になりがちだ。フォローしていくのにアップアップになり事後対応に追われる結果を招く。「見える手」によりESG経営をする方針を打ち出し,カルチャー・マップを使い相手を進んでやる気にさせる手法は有効だ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2320.html)

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