世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2283
世界経済評論IMPACT No.2283

電池狂想曲

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2021.09.13

 8月27日の「世界経済評論オンライン座談会」は,EUの理念的政策立案について理解を深めることができ,大変勉強になった。主催者・座談会講演者の方々に感謝申し上げたい。

 同日にリチウムイオン電池(LIB)の世界最大メーカーである中国のCATLが次世代電池として期待されているナトリウムイオン電池(NIB)を2023年に商業ベースに乗せると発表,国内外の報道が一斉に伝えた。EVやESGに関わる方ならば驚きとともに,しかし,筆者のように「?」と思った研究者技術者も多いはずである。

 電池開発の歴史は化学の中でも古い。1800年にボルタの電池,1859年に鉛蓄電池(2次電池)が発明され多くの機械・器具が飛躍的に進歩した。20世紀に入り,より小型で重量または容積あたりの出力の大きなニッケルカドミウム,ニッケル水素,リチウムイオンを使った充放電可能2次電池がモバイル機器から自動車まで広く使われるようになった。電池は物質の持つ「イオン化傾向」から相対的に性能が予想できるので電気化学勃興のころから可能性のある元素の組み合わせは知られていた。他方,密閉された容器中にエネルギーを溜め込む構造となるので,LIBのように単位重量あたりダイナマイト並みのエネルギーを持つものも存在する。そのため,衝撃を与えると爆発するので電池開発は必ず衝撃試験を行う。反応性の高い材料を使用する場合,例えばリチウムは水と激しく反応するので容器内に水分が入ると火災や爆発に至る。そのため,実用化には異常反応を起こさない材料の組み合わせと不純物混入や密閉性不良を起こさない製造工程が要求される。JALのB787発煙事故やLG/GMのLIB発火トラブルを顧みて,理論やコピペでは超えられない長年の材料と製造技術開発の賜物で製品化されていると認識する必要がある。

 LIBはエネルギー保存装置として優れているのだが,リチウムを始めとしてコバルト等の希少元素を使用するだけでなく材料の回収再生技術が未熟なので資源確保が重大問題となる。1978年に安価な食塩(塩化ナトリウム)とニッケルの組み合わせで,南アフリカで最初のナトリウムーニッケル電池(Zebra電池)の特許が出願され,2000年にダイムラーとクライスラーのジョイント・ベンチャーで商業化された。このZebra電池はカソード金属(ニッケル)の容器にナトリウムを入れ,そこにセラミック電解質の筒を放り込む構造なのでニッケル容器中の溶融ナトリウムの密封加工技術が重要なポイントとなっている。そのためニッケル電極の耐久性という課題を解決できずに限定的な用途にしか利用されていない。そこで登場するのがNIBである。溶融ナトリウムを使用しない,また比較的存在量の多い元素で構成されるのでLIBの代替として期待されている。ところが,ナトリウムも水に触れると激しく反応する(爆発する)ことに加えて,リチウムよりイオン半径の大きなナトリウムは電極内で素早く動かない(出力が小さくなる)という物理的制約に直面する。そのため,20世紀中はNIBが商業的に成功するとは誰も信じていなかった。

 この常識を打破したのが東京理科大の駒場慎一教授である。LIBやNIBを構成する材料の大きな部分を占めるのは炭素であるが,その中でもハードカーボンと称される非結晶性カーボンを使うことによってナトリウムイオンの動きを容易に,かつ挙動を制御できることを発見,2011年に最初の論文を発表した。この成果から米英日の企業や研究機関がNIBの開発に乗り出した。LIBと比較してNIBは,充電速度が数倍早い,電池構成材料が安価で可採量が豊富である,理論的に充放電回数がより多いという優位性に加えてLIBの生産設備を転用できるといった利点がある。欠点は重量・体積あたりの出力が半分以下と劣ることである。従って,現状の技術では用途が限定される。

 重要材料のアモルファスカーボンはクラレ製が主に採用されている。電極及び電解液の材料については複数候補が研究途上にあり決定的な組み合わせは報告されていない。本項執筆時点で,英国のFaraday Instituteチームが2020年末現在のNIB技術の現状をまとめているので興味のある方は下記レビュー1を参照していただきたい。これを見ると,電池の安定性と寿命の観点から高純度材料を使用する必要があるので我国の産業の強みが生かされる分野ということが判る。

 この英国チームのレビューを踏まえるとCATLの発表は衝撃的である。中国ではHiNa BatteryがNIBを開発しているがCATLの名前はリストに上がっていない。CATLはプルシアンホワイト(PW)をカソード(正極)に用いたNIBと発表しているので,シンガポールやカルフォルニアの研究機関の技術と近い可能性がある。プルシアンホワイトとはプルシアンブルー(PB)という群青色顔料分子のナトリウムを1個から2個に変更したものである。PBは大きな原子を吸着できる性質を有するために福島原発事故後の放射性セシウム除去への応用が提案されたこともある。NIBに適用の場合,合成がネックになるのでナノカーボン(graphene,カーボンナノチューブ)の表面上でPBの合成を行い,そのまま電極に使用することも提案されている。しかし,電解質有力候補と複雑な反応を起こすので使いこなすまでに時間がかかると考えられている。このような状況からCATLの発表は研究者に疑問を抱かせる内容となっている。CATLは高温での使用をほのめかしているので定置型のZebra電池に近い物質構成の可能性もある。

 ボルタの電池から220年余りが経過しているが実用化された電池は限られている。熱力学と化学反応の原則に忠実に従う電気化学の原理原則を無視した技術は天才的な科学者といえどもありえないので,有名企業のプレスリリースでも内容をよく点検してから判断しないといけない。マスコミも,科学技術に不案内でも話題の分野なので右から左へ流すという態度ではジャーナリズムの劣化というそしりを受けるだろう。さもなくば,人心を惑わすニュースとなりメディアの信頼性が毀損されてしまう。日本のマスコミなら駒場教授のコメントでも入れれば良かったのではないかと思う。それとも,この1年半のマスコミの態度から,ジャーナリズムを問うことは諦めるべきなのだろうか。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2283.html)

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