世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2275
世界経済評論IMPACT No.2275

カーボンニュートラルとエネルギーコストの抑制

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2021.09.06

 第6次エネルギー基本計画の策定をめぐって審議を重ねていた今年5月13日の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会第43回会合で,衝撃的なシーンがあった。地球環境産業技術研究機構(RITE)が,その日に向けて準備した「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析(中間報告)」のなかで,想定した7つのシナリオのいずれをとったとしても,50年におけるわが国の電力コスト(限界費用)は大幅に上昇することを発表したのである。

 あまりに衝撃が大きかったため,6月30日に開かれた第44回会合では,RITE以外の6団体から同じテーマに関する別のシナリオ分析の結果が発表された。しかし,一委員として出席した筆者の印象では,包括的な複数シナリオを示したという点で,もともとのRITEの試算に一日の長があるように思われた。

 50年に関するRITEの試算の概要は,以下のとおりである。シナリオのケースごとの数値は,総発電力量(兆kWh)/電源構成(%,再生エネルギー:原子力:水素・アンモニア:CCUS[二酸化炭素回収・利用,貯留]火力の順)/電力コスト(円/kWh,限界費用)を意味している。

  • ①政府提示の参考値のケース 1.35/54:10:13:23/24.9
  • ②再エネ100%ケース 1.05/100:0:0:0/53.4
  • ③再エネ価格低減ケース 1.5/63:10:2:25/22.4
  • ④原子力活用ケース 1.35/53:20:4:23/24.1
  • ⑤水素・アンモニア価格低減ケース 1.35/47:10:23:20/23.5
  • ⑥CCS拡大ケース 1.35/44:10:10:35/22.7
  • ⑦カーシェアリング進展ケース 1.35/51:10:15:24/24.6

 各ケースの最後の数値を見ればわかるように,カーボンニュートラル下の50年の電力コスト(限界費用)は,いずれの場合でも,現行水準(13円/kWh,20年時点)より大幅に上昇する。②の再エネ100%ケースの場合,上昇幅がとくに大きいが,これはあくまで限界費用を示したものなので,今後,再エネ関連のイノベーションが進めば顕著に低下する可能性があり,現時点で②のシナリオを排除する理由にはならない。いずれにしても,カーボンニュートラルを達成しようとすると,このままでは電力コストの相当程度の上昇は避けられそうにないのである。

 電力コストの上昇を抑えるためには,さまざまなイノベーションを実現しなければならない。それとともに,やるべきことが1つある。それは,既存インフラの徹底的な活用である。

 カーボンニュートラルをめざす日本のアプローチには,欧米諸国ではあまり重視されていない2つの施策が含まれている。アンモニアを燃料として使用するカーボンフリー火力発電と,二酸化炭素と水素から都市ガスの主成分のメタンを作るメタネーションとが,それである。今年6月に改定されたグリーン成長戦略では,重点14分野のうち2番目にアンモニア利用を,3番目にメタネーションを,各々取り上げている。

 考えてみれば,アンモニア利用は既存の石炭火力設備を徹底的に活用することを意味し,メタネーションは既存のガス導管を徹底的に活用することを意味する。この既存インフラの徹底活用は,今後進展していく新興国のカーボンニュートラル化の過程でも,大いに効果を発揮することだろう。エネルギーコストの上昇を抑制する日本的なアプローチは,国際的にも重要な意味をもつものなのである。

 ここで,RITEの「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析(中間報告)」に関して,もう1つ論点を追加しておこう。

 本コラムの拙稿「福島事故から10年:副次電源化しつつある原子力」(2021年3月15日発信,No.2084)のなかで,昨年12月に政府が示した50年の電源構成見通しに関する参考値について,ある奇策が盛り込まれていることを問題にした。それは,本来別々に取り扱うべき原子力とCCUS(二酸化炭素回収・利用,貯留)付き火力とを一括して構成比を合算し,それを3~4割とした奇策である。もし,あるべき区分にしたがって原子力の構成比を独立して算出すると,政府が原子炉のリプレース・新増設を回避する方針をとっているため,その結果は1割以下になってしまう。政府は,政界,経済界,原子力施設立地自治体などに配慮して,そのような事実が表面化することを避けたかった。CCUS付き火力と原子力とを一括するという奇策に出た背景には,このような事情が存在したのである。

 ところが,RITEの今回の中間報告は,④の原子力活用ケースで20%,②の再エネ100%ケースで0%としたのを除いて,他の①,③および⑤~⑦のケースでは,50年の電源構成に占める原子力の比率をいずれも10%と想定している。そのなかには,①の政府提示の参考値のケースも含まれる。政府が奇策を弄してあいまいにしようとしたにもかかわらず,RITEの中間報告は,大方の見方どおりに,50年の原子力比率が10%にとどまる事実を白日の下にさらしたことになる。姑息な奇策は通用しなかったのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2275.html)

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