世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「日本人ファースト」に感じる議論の拙さと不安
(元南山大学国際教養学部 教授)
2025.08.11
この度の参議院選挙における参政党の外国人規制の主張,また,それを取り巻く不確かな情報について,適当な表現を探すのに困るのだが,「何か」が日本にもあらわれてきたような不安な気持ちがずっと続いている。移民受入れ先進国では,経済不況の折にはスケープゴートにされるのはいつも「移民」であった。そうした国々では,今では移民排斥を声高に主張する政党が支持を伸ばしていることに感情が紐づいてしまい,いずれ日本も・・・? いやいや,待て待て。先ずは問題を整理することから始めよう。
参政党のキャンペーンポスターには「日本人ファースト」が掲げられ,「行き過ぎた外国人受入れに反対」が政策の一つだった。オーバーツーリズムへの反感,日本の土地買い占め,福祉ただ乗り論,留学生優遇論,犯罪率上昇,等が選挙戦当時に候補者が語っていたことだが,そもそも問題がごっちゃになって感情論になってしまっている。オーバーツーリズムは「外国人受入れ」の話ではなく観光政策の話だ。外国人による日本の土地所有に関しては,安全保障の観点から調査やデータ整備をする必要があるのは当然として,行き過ぎた「外国人受入れ」の話ではない。福祉ただ乗りや留学生優遇,犯罪率上昇等に関しては,まったく事実ではなく,誤解・曲解も甚だしい。
そもそも,今回の議論には,「日本が必要とし,私たちの社会を支えてくれている外国人労働者」のことがまったく出てこない。日本で就労する外国人労働者数は約230万人,外国人を雇用する事業所は約34万所(2024年10月末時点)で,年々増加中だ。全体の27%を製造業が占め,以下,サービス業,卸売・小売業,宿泊・飲食サービス,建設,医療・福祉,と続く。増加率で見れば医療・福祉が最も高い(対前年増加率は28.1%,昨年の増加率トップは建設業だった)。あなたが使う便利な機器類,あなたの食卓にのぼる食材,加工品やお弁当。さらに,あなたを迎えるホテルでのサービス,あなたが便利に使う道路などの社会インフラ。さらにさらに,あなたのご両親(次はあなた自身も)を介護してくれるスタッフの皆さんや,ローカル路線バスの運転手さん。そのようにして,私たちの社会を支えているのは誰ですか,という視点がすっぽり抜けている。
1960年代頃から貿易論を応用しながら進んできた「国際労働力移動(移民)の経済学」では,移民の受入れは受入国の経済厚生に資する,という結論がおおむね支持される。移民は職を奪う存在でもなく,彼らのせいで賃金が下がるわけでもない。フランスやドイツなどでは戦後の人手不足を外国人で補った歴史を持つが,その時代に何が起きたかといえば,例えばフランス人はより良い仕事を見つけることができ,社会的上昇が可能になったのだ。また,1970年代に訪れた不景気の折に,フランスで失われた雇用の4分の3は移民のものだった。移民が景気の調整弁だったことは日本とて例外ではない。2008年金融恐慌の折に真っ先に解雇されたのは日系人の人たちで,航空券代を支給して母国に帰ってもらったのはさほど昔の話ではない。「日本人ファースト」というならば,外国人受入れを是とすべきなのである。
私たちが議論すべき問題は,人手不足を補う労働者として受け入れはするが,あくまでも日本社会で生きていく隣人としてではない(移民を認めない),とする政策にある。今年6月,外国人が日本で就労し生活し,将来を展望するための道筋となる国としての「外国人の受入れ・共生のための総合的対応策」が示されたものの,日本語教育や学校教育など日本社会で生きていくために必要な支援は自治体任せになっている。筆者が住む愛知県でも,豊田市保見団地に住む多くの日系人の生活を支えながら,教育制度の落とし穴に落ちてしまう二世・三世の子供たちを守っているのは地域に根差したNPOやボランティアである。
日本人ファーストを叫ぶのなら,主張通り,日本で働く外国人受入れをストップすればいい。そのうえで,あらためてどんな社会を私たちは望むのか考えたらいい。外国人の受入れをゼロにして,どんな仕事であっても日本人が従事できるのか。今のように数年間だけ働いて帰ってね(日本でずっと生きていくことは期待しないでね・子供の教育にも責任持ちませんからね),という社会のままでいくのか。あるいは共に生活する移民として受け入れる制度を整え,日本経済を支える隣人になってもらう社会にするのか。
8月8日付の日経新聞朝刊掲載の記事「参政党研究@支持層はどこに」で,外国人規制が票に直結したかどうかについて,「必ずしも外国人人口の比率が高い自治体で票を伸ばしたわけではない。観光客や外国の投資が近年増えた地域で得票率が伸びる例は目立った」と分析していた。日本が移民を認めるか否か,認める・認めないにせよ,どんな社会でありたいのか。建設的な議論をするのは今がラストチャンスのような気がする。
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