世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3917
世界経済評論IMPACT No.3917

原子力と競合するのは再エネではなくゼロエミ火力

橘川武郎

(国際大学 学長)

2025.08.04

 日本ではしばしば,「原子力か再生可能エネルギーか」という問いかけがなされる。しかし,これらは,本来,対立するものではない。両者は,使用時に二酸化炭素を排出しないゼロエミッション電源であるという点で,共通している。それだけではない。原子力が季節や時間帯に関わらず,安定的かつ大量に電力供給できる電源である「ベースロード電源」に向いているのに対して,再生可能エネルギーのうち太陽光や風力は出力が変動する電源である。したがって,原子力と太陽光・風力とは,電力のロードカーブのなかで位置づけを異にする電源であり,どちらかがどちらかに置き換わりうるという関係にはないのである。

 原子力と「どちらかがどちらかに置き換わりうるという関係」にある電源は,アンモニア火力や水素火力などの使用時に二酸化炭素を排出しないゼロエミッション火力である。原子力とゼロエミッション火力は,いずれも使用時に二酸化炭素を排出しない大型電源であり,「ベースロード電源」としても,また,需要に応じて発電量を調整できる「ミドル電源」としても使える。両者は,競合する電源であり,互いに代替可能なのである。

 カーボンニュートラルのためには,太陽光や風力のような変動電源を多用しなければならない。変動電源にはバックアップの仕組みが不可欠であるが,蓄電池はまだコストが高いし,原料面で中国に大きく依存するという問題点もある。したがってバックアップ役として火力発電が登場することになるが,二酸化炭素を排出する従来型の火力発電ではカーボンニュートラルに逆行してしまう。そこで,燃料にアンモニアや水素を用いて二酸化炭素を排出しない,あるいはCCUS(二酸化炭素回収・利用,貯留)を付して排出する二酸化炭素を回収する「ゼロエミッション火力」が必要になる。つまり,ゼロエミッション火力なくしてカーボンニュートラルはありえないわけである。

 そのゼロエミッション火力の騎手がJERAであることは,よく知られている。しかし,JERAよりも早く石炭火力のアンモニア混焼に成功し,ゼロエミッション火力のパイオニアとなった電力会社がほかに存在したことは,あまり知られていない。

 JERAがゼロエミッション火力宣言を高らかに発したのは2020年であるが,それより3年前の17年に中国電力は,岡山県の水島2号機で石炭火力のアンモニア混焼の実証に取り組み,成功して,特許も取得した。しかし,中国電力は,そのことを大々的に告知することはなかった。なぜだろうか。社内の原子力部門の意向を忖度したからだと推測される。ゼロエミッション火力の可能性を強調すると,「島根原子力発電所はなくても中国電力はやっていけるのではないか」という声が起きる可能性がある。同社は,そのことをおそれたのであろう。

 一方,JERAには,原子力部門がない。何も忖度する必要がなく,大々的にゼロエミッション火力宣言を発することができたのである。

 そもそも,「原子力か再生可能エネルギーか」という問題提起には,国民的に人気が高い再生可能エネルギーの対極に原子力を置くことによって,原子力の価値を毀損しようという,政治的意図が感じられる。「原子力か再生可能エネルギーか」という二項対立的発想に立つ限り,正しいエネルギー政策にたどり着くことはできない。原子力と競合するのは,再生可能エネルギーではなく,ゼロエミッション火力なのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3917.html)

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